飛行機

今は聞いたことがない人もいるかもしれませんが、「成田離婚」っていうのがありました。

海外旅行で使う英会話は、実は限られたパターンでカバーすることができます。それだけに、「行けばどうにかなる」と思って出掛けてしまうと、現地で困ってしまうことが多いようです。

原因としては、現地の人が話す言葉が聞き取れないこと、そしてこちらが話しても通じないことが挙げられます。

また、「海外旅行」という非日常の下で、わがままや身勝手さが暴走してしまう人もあり、それに同行者がキレてしまうといった複雑な人間関係もあるようです。

こうした緊急事態に直面することで、二人の関係が破綻してしまうことを表す「成田離婚」という流行語がありました。1990年代後半にはずばり「成田離婚」という題名のTVドラマも登場しています。

でも、今はあまり聞きませんよね。成田離婚ってなくなってしまったんでしょうか?

成田離婚が生まれた原因の一つは海外旅行が身近になったから

日本で海外旅行が自由化されたのは1964年のこと。でも、当時は1人年1回、外貨持ち出し限度額は500ドルの制限が設けられていました。

観光渡航の回数制限が撤廃されたのは1966年ですが、そのときはまだ外貨持ち出し限度額は1人1回500ドル以内と定められていました。

こうした海外旅行の環境が変わってきたのは、1980年代に入ってからになります。

1982年に旅行業法が改正され、1987年には運輸省の「海外旅行者倍増計画」(テン・ミリオン計画)が策定されます。

このころは日本製品の輸出が拡大していた時代なので、貿易上の不均衡を解消する目的があったようですが、こうした行政的な後押しもあり、90円の円高時代に入ったこともあって、1990年11月には日本人海外旅行者が1000万人を突破します。

当時の数字はわかりませんが、「2014年数字が語る旅行業」(社団法人・日本旅行協会)によると、2012年は国内初のLCC・ピーチアビエーションの初便就航もあって、日本人出国者数は1849万人と過去最高を記録しています。このうち新婚旅行は2.4%を占めていました。

成田離婚が注目された1990年代後半はもう少し少ない数字だったかもしれませんが、参考になりますよね。

これまでにないほど海外旅行が身近になり、新婚旅行でも海外へ出掛ける人が格段に増えたことが成田離婚が生まれた背景にあるようです。

では、どうして成田だったんでしょう? 当時の空港事情を簡単に見てみると…。

当時は、成田空港しかなかった(汗)

現在、空港法で指定されている国際空港は、以下のとおり全部で5つあります。

・東京国際空港(羽田空港) 【1931年開港】
・大阪国際空港(伊丹空港) 【1939年開港】
・成田国際空港 【1978年開港】
・関西国際空港(関空) 【1994年開港】
・中部国際空港 【2005年開港】

こうしてみると、成田離婚が登場した1990年代後半に存在した空港は「羽田空港」、「伊丹空港」、「成田空港」、「関空」の4カ所です。

でも、成田以外はあまり国際線として活躍できていなかったみたいです。

大阪国際空港(伊丹空港)の場合

伊丹空港は1939年には開港している古い空港です。

1958年にはアメリカ軍から接収解除され、翌年には国際路線が開設されたのですが、騒音や排気ガスの問題が大きくなり、1977年から飛行機の離発着に制限がかけられていました(7時以前、21時以降の民間機の離着陸は禁止、1日の離着陸回数も370回に制限)

しかも実際に国際線が活躍したのは1994年9月3日までのことで、翌9月4日からは関空へ移転してしまいます。

これでは、ちょっと伊丹離婚にはつながりそうにありませんよね(汗)

関西国際空港(関空)の場合

関空は開港した当初から本格的な24時間空港としてスタートし、100日めには国際線出発旅客100万人を達成していたのですが、翌年の1995年には阪神・淡路大震災が発生しています。

幸い飛行場に大きな被害はなく、2000年1月には累計旅客数1億人を突破したりしていますが、社会的な雰囲気としても関空離婚といったものはなかったのかもしれません。

その代わり「震災離婚」なんて言葉が生まれていますが…(汗)それはまた別のお話です。

東京国際空港(羽田空港) の場合

となると、羽田空港と成田空港の2つに絞られてきますが、羽田空港は当時の増え続ける航空需要にこたえることができず、1990年代は発着能力の限界に達していました。

その羽田を補うために成田空港が生まれた経緯もあって、当時、国際線は成田空港、国内線は羽田空港とする「内際分離」の原則がとられていました。

今でこそ羽田空港は再国際線化が図られていますが、成田離婚が注目されていた当時は国内線が主体の空港だったわけです。

これでは羽田離婚はちょっと難しそうですね。

そして、成田空港が舞台となった…

そんなわけで、国際線の舞台は成田空港ということになります。

1990年9月には国際旅行客1億5000万人を達成。1995年4月には2億5000万人を達成。1997年4月には3億人を達成しています。

利用者が多い分、離婚する人の割合も多くなるわけで(汗)こうした当時の航空事情から見ても、成田離婚の舞台はやはり成田でなくてはいけなかったようです。

果たして、成田離婚は昔の話…か?

国内では頼もしく見えていた旦那さんが、慣れない海外ではトラブルにもちゃんとした対応ができず、帰ってきた成田空港で離婚してしまう…

当時はこうしたスピード離婚が珍しかったこともあって、人々の耳目を集めていました。

現在も変わらず成田離婚は発生しているのかもしれませんが、以前ほどスピード離婚が目を引くことはありません。

しかも、2014年、2015年の「数字が語る旅行業」によると、20~39歳代の旅行者は減っているようです。

2001年は21.9%を占めていた20~29歳代の旅行者は、年々減少して2014年には16.0%に。30~39歳代の旅行者も、2001年は20.8%だったのが、2014年には 18.9%とこちらも落ち込んでいます。

もしかすると新婚旅行で海外へ出かける人は減っているのかもしれませんね。

とはいえ、成田離婚の危機が消えたわけではありません。若いうちに海外旅行を経験せずに、年齢を重ねてから初めて海外旅行を経験する場合、その危機はかえって深刻になっているのかもしれません。いえ、脅かすわけではないのですが。

言葉も通じず慣習も違う海外旅行では、無理に何でも自分で解決しようとせずに、添乗員が付いたツアーなどを利用するのがいいみたいですよ。

言葉は通じなくても、旦那さんが奥さんをリードすることを忘れずに、思いやりを持った行動がとれるくらいの余裕があれば… 多分、大丈夫。

でも、少しは現地の言葉が聞き取れたり、意思の疎通が図れる程度に言葉が使えるほうが心の余裕は違うでしょうね。しっかりスピードラーニングで予習して行きましょう(汗)

今年も暑い夏がやってきます。

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