色鉛筆のイメージ

英語ができないのは、学校のせい!?

日本で英語教育を受ける場合、中学、高校と学ぶので、それぞれ3年間あります。合計、6年間ですね。

大学に行く人は、さらに2年以上の勉強時間が加わるので、8年以上の時間をかけて勉強しているわけです。

でも、「私は英語ができます」っていう人は少ないみたいです(汗)

これってどうしてなんでしょう? ちょっと考えてみました。

英語ができないのは、学校が悪い?

ちょっと調べてみると、「学校の教え方が悪い」という意見を見つけることができます。

例えばこんな感じ。

1. 英語学習を開始する時期が遅い
2. 英語学習に配分される合計時間が少ない
3. 1クラスの人数が多い
4. 英語教育をサポートするハード面、ソフト面、人材面の質と環境
5. 進学のための入学試験システム

英語を開始する時期が遅い

1つめは、ある能力を習得するための「臨界期」とか「感受性期」のことを意識した発想ですが、これは賛否両論あるようで、「どれだけ早く始めたか」ではなく、「どれほど長く続けたか」に関係しているのではないか、という話も出ているようです。

定年後、英語の勉強を始める方もいるので、そういう話を見ると、年齢ってそれほど関係しているようには見えませんよね(暗記が大変とかいうのは別にして)

英語学習に配分される合計時間が少ない

2つ目は、「10年間」といっても、それは10年を意味するのではないという意見です。

つまり、「10年間」というとすごいことに聴こえるけれど、英語の授業は1日1時間程度です。

月~金まで毎日授業があったとしても、1週間で5時間くらい。1年を52周とすると、5時間×52週で、1年間に260時間程度の時間数となります。

これを1日24時間で見てみると、10日とちょっとの時間なんですね。これを10年積み重ねたとしても、全部で100日くらいとなります。

あれ? 1年にも届かないんですね(汗)

つまり、英語を身につけるには、もっと積極的に英語に触れる時間を作らなければいけないというわけです。

1クラスの人数が多い

これも、物理的な時間の考え方です。1クラス20人の場合、1クラス40人に比べると単純に考えても倍の時間がとれるということです。

生徒にもよると思うので、先生に質問する時間が増えるかどうかはわかりませんが(笑)←おい

クラスの人数が少ないと先生が指す的が減るわけだから、その機会は確実に増えますよね。必然的に自分の考えを話す場が増えるので、人数が少ないほうが濃い授業体験ができるというわけです。

英語教育をサポートするハード面、ソフト面、人材面の質と環境

なんだか難しく見えますが、それぞれこんな感じで割り振られるみたいです。

ハード面
教科書や参考書といった教材、映像機器などを含む英語を学ぶ環境、図書室や自習室といったスペース

ソフト面
カリキュラムや講義などの教育内容、価値観や考え方

人材面
ATLや英語に堪能な人材

英語を学ぶ立場からすると、「いい教科書」と「いい先生」ってことでしょうか。ざっくりし過ぎ?(汗)

進学のための入学試験システム

これはよく耳にしますよね。いい学校へ進むための英語は実際に使う英語とは違うものだという意見です。

でもこれ、調べ方が悪いのか、どこがどんなふうに悪いのかがよくわからず…。管理人は高校の入試はやったことあるけど、大学入試はやったことがないせいでしょうか?(汗)

ともあれ、こうしてみると英語に触れる時間が少ないことが圧倒的に見えますよね。

英語に触れる時間を増やせばなんとかなるんでしょうか?

でもこれ、実は漱石先生の時代からある問題みたいですよ。