参考書

英語の勉強って難しいの?
英語を勉強したら何がわかるの?

そんな疑問を持ちつつ、「スピードラーニングに取り組んだ場合、どんな感じなのか」を試しているところの管理人のsumiです。こんにちは。

ちょっと最近、英語に関して思うところがあったのでメモしておこうと思います。

管理人の英語遍歴 一応、こんな目安です」にも書きましたが、管理人が英語に興味を持ったきっかけは、自分のホームページを作成したり、ブログを作ったりしていることが影響しています。

何か問題があるといちいち英語でメッセージが出るし、ちょっと込み入った変更をしようと思うと、英語で指示を書かなければいけません。

これだけでも、普通にネットを見て回るより、英語が身近になってくるんですよね。

でも、「じゃあ、なんでホームページを作ったり、ブログを作ったりするの?」というところを改めて考えてみると、もう少ししっかりと英語に興味を持ったきっかけが見えてきました。

英語に興味を持ったきっかけは、たぶん阪神淡路大震災

そのきっかけは、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災です。

当時は武庫川のそばで、風の向きによっては、甲子園で応援している人たちがプラスチックのバットみたいなやつをパカパカ叩いている音が聞こえてくるような場所に住んでいました。

管理人が住んでいる家は、幸い被害を免れたのですが、場所的には地震の影響がけっこうあった地域です。

地震の朝は、「いつもの音がしない」というのが強い印象でした。

いつもなら聞こえてくる隣近所のテレビの音はしないし、いつもならうるさいほど聞こえてくるスズメの声が全く聞こえません。

家のそばの道路には車もほとんど通らないようだし、飛行機も飛んでいないようでした。

後で知ったことですが、車の交通がなくなってしまったのは、阪神高速道路が500mに渡って崩れてしまい、その下を通る国道43号線が一部交通不能になってしまったこと。

そして、この43号線は国道2号線のバイパスでもあったので、2号線もあっという間に大渋滞になってしまったことが原因のようです。

幸い大阪国際空港(伊丹空港)は地震の影響はあまりなかったみたいですが、家の上空はあまり飛行機も飛んでいなかったんじゃないかな。

寒いけれど、日が昇ってお天気もいいのに、異様に静か。そんな地震の朝の印象が強かったせいか、神戸の大学は地震直後でもインターネットを通じて世界に情報を発信していたというニュースは、管理人にとってとても興味深いものでした。

電話がパンクしていても、インターネットにつなぐ手段があれば情報発信できる所があった

当時は一般でもインターネットの商用利用が始まったばかり。大学では学術ネットワーク(SINET)が整備され始めたところでした。

神戸大学は1992年にSINET(サイネット)に加入、1994年に学内LANが整備されたところだったようです。

17日の地震当日は、地震センサーが働いて電力が途絶えたためインターネットの接続は絶たれてしまいましたが、翌18日の朝にはSINETも回復して、複数の大学のサイトがインターネットに復帰。

中でも神戸市外国語大学は、写真を使って神戸市の現状を情報発信していたことで、この活動が国内外のマスコミに紹介されていました。

約20日の運用で、アクセス数は約36万件。そのおよそ8割が海外からのアクセスで、約50カ国のうち6割がアメリカだったそうです。

大学があった神戸西部は中央部のような壊滅的なダメージがなかったという幸運も大きかったみたいですが、あんな状況下で世界につながっていたなんてすごいですよね。

まあ、「インターネットすごい!」と思ってた自分が、こうして情報発信を始めるなんて、そのときは思ってもいなかったわけですが(汗)

最近は英語もなんだか身近になってきて、どんなふうに変わっていくのか、我ながら今後の変化に興味津津です。