善逸はどの辺が強いのか? 無意識領域と羽織の柄でわかること

マハーカーラのイメージ

The unconscious area of Zenitsu is reminiscent of Daikokuten.
善逸の無意識領域は、大黒天をイメージさせます。

The secret of the strength of Zenitsu seems to be hidden in his original Form “Honoikazuti no Kami”.
善逸の強さの秘密は、彼のオリジナルの技「火雷神」にヒントが隠れていそうです。

(この記事は、第4巻、第6巻、第7巻、第15巻、第17巻、第22巻のネタバレを含みます)
 

善逸の臆病さと耳のよさは、無限列車で伊之助や煉獄さんが見る夢に出てきたように、ネズミのイメージが重ねられているようです。そしてそれは、ネズミを神使(しんし)とする大国主命(オオクニヌシノミコト)につながっていくみたいですね。

別記事にまとめているので、ネズミについてはこちらの記事を覗いてみてくださいね。

 

 

でも、大国主命のご利益は縁結び。その他に、子授け、夫婦和合、五穀豊穣、養蚕守護、医薬、病気平癒、産業開発、交通・航海守護、商売繁盛など、あらゆる縁を取り持つ、むすびの神様です。

「古事記」では根の堅州国(ねのかたすくに)から戻った後に、八十神を追い払って国を治めているので、弱くはないのでしょうが、それほど強そうなイメージもありません。善逸も眠らなければ弱そうです。

なのに、善逸の育手の桑島師範は「お前には才能が(ある)」と言っているようです。(第4巻 33話)

炭治郎も善逸の匂いから、「優しいのも、強いのも(最初からわかっていた)」と言っているし(第4巻 27話)、見る人が見れば「善逸は強い」ということが最初からわかるみたいですね。

では、善逸の強さって、どの辺にあるのでしょう?

「だいこくさま」と善逸

日本神話でネズミというと、大国主命のお使いのネズミです。大国主命は、親しみを込めて「だいこくさま」と呼ばれることがありますよね。

そして「だいこくさま」といえば、宝船に乗った七福神の中にもいます。大黒天です。

頭に浮かぶのは、それぞれこんな格好をしているのではないでしょうか。

 

・狩衣(かりぎぬ)に似た服を着ている
・頭には頭巾を被り、そこから大きな福耳が覗いている
・右手に打ち出の小槌を持っている
・左手に大きな袋を持って肩にかけている
・にこやかな表情をしている

 

日本神話の大国主命も、七福神の大黒天も、どちらも「だいこくさま」と呼ばれて似たような姿で描かれますが、実は別々の神様です。でもややこしいことに、同一視される神様でもあるのです。

これは、大国も大黒も「ダイコク」と読めること、ご利益がどちらも五穀豊穣であること、大国も大黒もネズミと縁が深く、子の日が縁日とされていることなど、共通点が多いためと考えられています。

確かに違う神様だとわかるのは、稲羽の素兎(因幡の白兎)の話でウサギを助けたときの大国主命ですよね。こんな姿で描かれることが多いのではないでしょうか。

 

・衣褲(きぬはかま)という古墳時代以前の服装をしている
・首飾りをつけ、下緒(さげお)で腰に刀を下げている
・髪は耳の横で美豆良(みずら)に結っている
・耳の形は普通でサイズも普通
・八十神たちの大きな荷物を左手に持ち、肩にかけている
・特に笑ってはいない(荷物が重くてそれどころではないのかもしれない)

 

違う神様だけど、姿かたちはどことなく重なるところがあるんですね。福耳と髪型とか、背負っている大きな袋とか。

そして、大国主命は、多くの別名を持つ神様でもあります。

例えば「古事記」では、葦原色許男神(アシハラノシコオノカミ)、宇都志国玉神(ウツシクニヌシノカミ)、八千矛神(ヤチホコノカミ)。

「日本書紀」では、大物主神(オオモノヌシノカミ)、国作大己貴命(クニツクリオオナムチノミコト)、大己貴神(オオナムチノカミ)、葦原醜男(アシハラシコオ)、八千戈神(ヤチホコノカミ)、大国玉神(オオクニタマノカミ)、顕国玉神(ウツシクニタマノカミ)などがあり、播磨や出雲の風土記にはさらに別名が掲載されています。

このことは、「すでに多くの神と習合した結果ではないか?」と、考える研究者の方もいらっしゃるようです。

特に「古事記」では、話の中で大穴牟遅神(オオナムチノカミ)と名乗っていたのが、途中から大国主命に変わったりします。

名前が変わったのは、須佐男命にそう言われたから

大穴牟遅神は、兄弟神である八十神(ヤソカミ)からの迫害を避けて、6代前の先祖である須佐男命(スサノオノミコト)のいる根之堅州国(ねのかたすくに)に逃げ込みます。

そこで出会った須佐男命の娘、須勢理毘売(スセリビメ)に一目惚れ。須佐男命の出す数々の難題を須勢理毘売の力添えでクリアしていくところは有名な話ですよね。

須佐男命も「なかなかやるじゃないか」、「言うこともきくし、かわいいところもあるじゃないか」とすっかり油断して、うたた寝をしてしまいます。

その間に、大穴牟遅神は須佐男命の秘蔵する宝、「生太刀」(いくたち)と「生弓矢」(いくゆみや)と「天詔琴」(あめののりごと)を持って、須勢理毘売を背負うと、地上界へ逃げていくのです。

逃げる途中、天詔琴が木に触れて大きな音をたてたので、気がついた須佐之男命も後を追いかけていくのですが、遠く離れていく様子を見て「追いつくのは無理だ」と諦めて、こんなふうに呼びかけるのです。

 

「其汝所持之生大刀生弓矢以而 汝庶兄弟者 追伏坂之御尾 亦追撥河之瀬而 意礼[二字以音]為大國主神 亦為宇都志國主神而 其我之女湏世理毗賣為適妻而 於宇迦能山[三字以音]之山本 於底津石根宮柱布刀斯理[此四字以音]於髙天原氷③椽多迦斯理[此四字以音]而居 是奴也

「其の汝(な)が持てる生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)とを以て、汝(な)が庶兄弟(ままあにおと)を坂の御尾(みを)に追ひ伏せ、亦(また)河の瀬に追ひ撥(はら)ひて意礼(おれ)、大国主神(おおくにぬしのかみ)となり、亦(また)宇都志国主神(うつしくにのかみ)となりて、其の我が女(むすめ)湏世理毗売(すせりひめ)を適妻(むかひめ)として、宇迦能山(うかのやま)の山本に、底つ石根(そこついはね)に宮柱(みやばしら)ふとしり、高天原に氷椽(ひぎ)たかしりて、居れ。是の奴(このやつこ)や」といひき。

そのお前が持っている生太刀と生弓矢とを使って、お前の異母兄弟たちを坂の裾に追い伏せ、河の瀬の向こうに追い払って、おのれは大国主神となり、また宇都志国主神となって、そこにいる我が娘を正式な后とし、宇迦の山の麓に、地の底の根の堅州国にある岩盤に宮殿の柱を太く立て、高天原に届くまでに千木を高くそびえさせて居住せよ。こいつめ」と言いました。

 

「こいつめ」と言われつつ、素直に名前を変える大穴牟遅神エピソードは、蝶屋敷の特訓でなかなかカナヲに勝つことができず、伊之助に名前を間違えられても「改名しようかな、もう紋逸にさ…」(第6巻 49話)と言っていた善逸を思い出しますよね(笑)

須佐男命が目を覚ましてしまうほど大きな音をたてる「天詔琴」も、雷の呼吸の使い手である善逸にぴったりです。

そして大国主命は、神仏習合が進む平安時代になると、密教の大黒天と集合して「だいこくさま」と呼ばれるようになります。

この頃の大黒天は、甲冑をつけた武装像が、大きな袋を背負った姿で表現されることがありました。なぜなら、財福神の他に戦闘神の神格もあったからです。

大黒天は戦闘神であり、冥府の神様

大国主命に集合する前の大黒天はどんな神様だったのかというと、密教とともに日本にやってきた神様で、インドではマハーカーラ(摩訶迦羅)と呼ばれていました。

マハーは「偉大さ」を意味し、カーラは「暗黒」や「時間」を意味します。

神格は戦闘神であり財福神、なおかつ冥府の神でもあるという少し怖い顔を持っています。

 
参考 マハーカーラ論 | 青面金剛進化論
 

チベット仏教ではマハーカーラは75種類もあるようですが、そのうちの一つが、記事の最初に掲載したように三面六臂(さんめんろっぴ)の姿をしています。

右手に小さな人間の髪をつかんで持ち、左手にヤギの角をつかみ、後ろの両手で白象の皮を被るように広げている、とても奇妙な姿です。

実は描かれているのは全てヒンドゥー教の神様の姿で、小さな人間はシヴァ神、ヤギはシヴァ神の乗り物でもある白牛、白象はシヴァ神の子どもであるガネーシャを表しています。

中国や日本では、白牛がヤギやウサギに変えられて伝わったと考えられているみたいですよ。

つまり、仏教の神様がヒンドゥー教の神様を打倒している姿を表しているわけですね。

そして、青黒い肌の色は、破壊と再生を司るシヴァ神が、世界を最後の帰滅(pralaya)に導く際に変わるとされる「大いなる暗黒の神」の姿を引き継いでいるといいます。

第7巻 57話に出てくる善逸の無意識の領域は真っ暗ですが、前ページで考察した伊邪那岐命・伊耶那美命(イザナギ・イザナミ)の黄泉の国訪問の他に、大黒天の「大いなる暗黒」のイメージにも重ねることができそうですね。

この他、大黒天は人を食らう荼枳尼天(ダキニテン)を懲らしめるため、大日如来が変じた姿ともされていて、胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)では、三面六臂に忿怒の相を持ち、手には剣、首には髑髏をかけた姿で描かれていて、隠形(おんぎょう)・飛行の術にたけているとされています。

「人間の生血を取る」などとも言われていて、人の肉を切り取るハサミ(剪刀)や髑髏杯を持った姿で描かれたりするようですよ。

 
参考 レファレンス事例詳細(Detail of reference example) | レファレンス協同データベース
 

確かに、善逸の無意識層には、大きなハサミのようなものを持った善逸本人がいました。

「善逸」の「逸」は、姿を隠す意味もある

「隠形」というのは、呪術を使って自分の姿を隠して見えなくすることです。「姿を隠す」というと、愈史郎の血鬼術で姿を隠しながら無惨戦に参戦する善逸の姿が重なりますよね(第22巻 189話)

でも、善逸の名前をよく見ると、「逸」の字にも「かくれる」という意味があるみたいです。「角川 漢和中辞典」によると、「逸」の字義はこんな感じで紹介されています。

 

1. はしる。にげる「奔逸」
2. はなつ。にがしてやる。
3. かくれる。
4. 世間から隠れて知られない人。隠君子。
5. ぬける。はなれる。それる。
6. うしなう(・ふ)。なくなる。「散逸」
7. はやる。心がはずむ。いさむ。
8. ほしいまま。わがまま。「放逸」
9. あやまつ。あやまる。あやまち。
10. すぐれる。まさる。
11. やすらかにたのしむ。きらく。「安逸」
12. みだら。「淫逸」
13. ゆるやか。「蕩逸」
14. はやい。「逸足」

 

蝶屋敷で那田蜘蛛山の傷を癒やしていた際、「身を隠して盗み食いしていた」善逸が出てきますが(第6巻 50話末)、あれも「逸」の文字に則った行動だったんですね(笑)

名前に使われている漢字も善逸にぴったりの絶妙な文字が選ばれているようで、大黒天の隠形(おんぎょう)とイメージが重なりそうです。

 

火雷神(ほのいかづちのかみ)と善逸

それから、善逸が使う雷の呼吸から見ても、興味深い要素があります。

雷の呼吸 漆ノ型(しちのかた)は、善逸オリジナルの「火雷神」(ほのいかづちのかみ)でした。(第17巻 145話)

黄泉国の暗闇に隠れた伊耶那美命(イザナミノミコト)の体には、八雷神(ヤクサイカヅチノカミ)が生じていましたが、このうちの一柱に善逸の技と同じ名前の神様がいます。

 

大雷神:オオイカヅチノカミ(頭) … 盛んな雷の威力を示す
火雷神:ホノイカヅチノカミ(胸) … 雷が起こす火を示す ←この神様
黒雷神:クロイカヅチノカミ(腹) … 雷雲が天地を暗くすることを示す
折雷神:サクイカヅチノカミ(陰) … 落雷の引き裂く威力を示す
若雷神:ワキイカヅチノカミ(左手) … 現れたばかりの若々しい活力を示す
土雷神:ツチイカヅチノカミ(右手) … 雷が地上に戻る姿を示す
鳴雷神:ナルイカヅチノカミ(左足) … 雷鳴が鳴り響くことを示す
伏雷神:フシイカヅチノカミ(右足) … 雷が隠れ潜む姿を示す

 

八雷神の中でも、「火」に関わる神様が選ばれていますよ。

ちなみに、京都の愛宕神社の若宮社では、迦遇槌命 (カグツチノミコト)、破无神 (ハムシノカミ)とともに八雷神が祀られていて、若宮社のさらに奥にある奥宮社には大国主命が祀られています。

愛宕神社は炭治郎や鬼滅の刃 と重なるイメージがいくつも見つかった神社ですが、大国主命と火雷神は、どちらも愛宕神社にご縁のある神様になるようです。

 

 

竜蛇(りゅうじゃ)と善逸の関係

それから雷に関しては、中国の雷神信仰の影響で、日本でも雷神を龍や蛇と関連づけて考えるところも興味深いです。

これは古事記に描かれる、八雷神にもイメージが重なるようです。

伊耶那美命の体から生じた八雷神は、体の左側には「地上に現れて活発に活動する雷(龍)」が、体の右側には「活動を弱めて隠れ潜む雷(龍)」が表されていました。

陰陽五行では左が「陽」で右が「陰」になります。

これは、「論語」に出てくる「天子南面」という言葉が参考になるのですが、天から統治を許された天子は、北極を背に南へ向かって統治をすると考えられているので、南を向いて日の昇る東が「陽」、日の沈む西が「陰」になります。

つまり、太陽の動きに合わせて、左が「陽」で右が「陰」と考えるわけですね。

そして雷が盛衰を繰り返すのは、後漢(西暦100年)の時代に許慎(きょしん)が成した部首別漢字字典「説文解字」の説明が参考になります。

 

龍は鱗虫の中の長なり、能く幽かに、能く明らかに、能く細に、能く巨に、能く短に、能く長なり、春分にして天に登り、秋分にして淵に潜む。

龍は鱗を持つ生き物の中の長である。おぼろげでもあり、明瞭でもあり、細くもあり、巨大でもあり、短くもあり、長くもある。春分には天に昇り、秋分には淵に降りてきて潜む。

 

春分といえば、太陽の活力が増していく季節の始まり。反対に、秋分は冬に向かって太陽の活力が弱まっていく季節の始まりになります。太陽の活動と龍(雷)の活動が連動しているんですね。

こうした考え方は、気象の動きや動植物の節目を示す「七十二候」(しちじゅうにこう)や季語にも見ることができます。

 

【季語】
・龍天に登る(春)
・龍淵に潜む(秋)

【七十二候】
・雷乃発声(かみなり すなわち こえをはっす) (3月21日から4月4日頃)
・雷乃収声 (かみなり すなわち こえをおさむ) (9月23日から9月27日頃)

 

善逸が着ている羽織は桑島師範の着物と同じ、龍や蛇、魚の鱗などを現す鱗紋の柄で、これは師範から善逸に贈られたものでした(第17巻 144話末)

雷の呼吸は雷の威力を取り入れた技になるようですが、羽織の模様で龍蛇も表現されているところは興味深いですよね。

善逸が雷の呼吸を使って力を発揮するとき、その直前に眠った状態になるところも、龍や雷が威力を表す前に、一旦、淵や地面に姿を隠す様子を思わせます。

こうしてみると、大黒天、火雷神、雷に由来する龍蛇と、善逸はかなり強そうな要素が揃ったキャラクターといえるようです。

無限列車では魘夢の罠にかかりながらも、自分の精神の核を護り、眠ったままでも禰豆子と乗客を守ることができたのは、やはり只者ではなかったからなのかもしれません。

ちなみに古代中国の大黒天は、頭に烏帽子をかぶり、裾の短い着物を着て、左手に大きな袋を持って肩にかけ、右手は拳をつくって腰に当てた姿をして厨房に祀られていました。

インドでは戦闘神でしたが、中国に入ってくると財福神の神格が重視されて、寺院の厨房や飲食を司る神様に変わっていったためです。

高野山の寺院でも厨房に大黒天が祀られているそうですよ。日本ではこのイメージで、七福神の一尊として加えられたわけですね。

密教と一緒に日本に入ってきたときには、厳めしい顔をした像が多かったようですが、大国主命と習合して「だいこくさま」と呼ばれるようになると、おなじみの福々しい笑顔に変わっていったようです。

この顔は機嫌を直した時の善逸の顔に、ちょっと似ているかもしれませんね。(第15巻130話)

このブログには、善逸の羽織の柄について調べてみた記事もあります。龍について、もう少し書いているので、よかったらこちらも覗いてみてくださいね。

 

 

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