鬼滅の刃の日輪刀が、「日輪」と表現される理由を考えてみた

刀のイメージ

Nichirinto means the blade of the sun, but it can also be read as the wheel of a carriage. I think there is an important message hidden in it.
日輪刀は太陽を意味しますが、「輪」には、車輪の意味もあります。私は、ストーリー上、重要なメッセージが隠されていると思います。

(この記事は、12巻、20巻、21巻、22巻、ファンブック第一弾のネタバレを含みます)

鬼殺隊の持つ刀は「日輪刀」といいます。

日輪刀は、一年中陽が射しているという陽光山(ようこうざん)でとれる、太陽の光を吸収する鉄を原料にしているということなので、まさに「太陽の刀」ですよね。

でも、名前につけられているのは「太陽」ではなく、「日輪」です。どうして「日輪」でなくてはいけなかったんでしょう?

「日輪」は、太陽と月が対になった言葉の一つ

「日輪」は太陽の別称です。太陽を表す言葉にはいろいろありますが、月と対になっている言葉がいくつかあって、「日輪」もその一つでした。

象形文字

「日」と「月」
我が家にある「角川 漢和中辞典」によると、「日」は太陽の輝くさまをかたどっていて、「月」はみちかけする月の形をかたどっているのだそう。古い字形だと、上の図のような感じになるみたいです。対象物の形に注目した言葉になるわけですね。
「太陽」と「太陰」(たいいん)
「太陽」は現在よく使われる言葉ですが、対語として月を表す「太陰」があります。2つ並べるとよくわかりますよね。陰陽に注目した言葉になるようです。
「日輪」と「月輪」(がちりん、げつりん)
我が家の辞書では「太陽の異称」とか「太陽」とだけ紹介されていたり、そもそも掲載されていなかったりする言葉なのですが(汗)

一般的な言葉というより、仏教の曼荼羅や、水墨画、絵巻物、屏風といった絵画などによく出てくる言葉になるみたいです。対語として月を表す言葉は「月輪」です。

「輪」は車輪のように丸いものの意味、そして…

こんな感じで、新修広辞典とか、新明解国語辞典とか、小さな辞書を見る限りでは、いまいちわかりませんでしたが、公式ファンブックにヒントがありました。

炭治郎の耳飾りに関するデザインの注意書きの所に、放射線の先の部分に「たまりを作る」と書かれているんですね。(ファンブック第一弾 132頁)

「たまり」というのは、水たまりのように、ものがたまっている所のことをいうようで、確かに原作にもアニメにも、線の先には塊があるように描かれています。耳飾りが大きく描かれている所でよくわかりますよ。

そう言われて見ると、太陽の光線というより、長くのびた何かの足、もしくは大きな車輪の一部にも見えてきます。

そこで思い出したのがこちら。車紋で代表的な「源氏車紋」(げんじぐるまもん)です。

右側は地面に接した車輪のイメージで、ずっと近寄ってみました。耳飾りのデザインに重なって見えるかな?

源氏車紋

車紋
神紋にも伊勢外宮の神官榊原氏が用いている「十二本骨車」がありますが、これは太陽の光線に見立てた天照大神のシンボルでもあるのだそう。

炭治郎の耳飾りと比較して見るなら、「十二本骨車」のほうがぴったりになるみたいです。

(参考)「神紋総覧」丹羽基二著

こうしてみると、軸(よこがみ)からのびる輻(や)から、車輪の一部を形成している小羽(こば)につながる様子が、炭治郎の耳飾りの「たまり」と少し似て… ませんか?(汗)

「角川 漢和中辞典」で「輪」の字を調べてみると、「車のまわる部分」とか「車のわ」といった意味があり、「輪のように丸いもの」ということで「日輪」「月輪」という言葉も説明に併記されていました。

「丸い」という形のことだけでなく、太陽や月が天空の決まった経路を巡っていくことに注目した言葉だと考えると、道を進む車輪がイメージに重なってくるのも納得ですよね。

そう考えると、太陽の運行をイメージさせる日輪が、漫画の中でもいくつか描かれているのを見つけることができますよ。

重要なポイントが日輪で表現されている

炭治郎の耳飾りの日輪は、ご先祖さまから受け継いできたものですよね。第21巻186話に出てきますが、元の持ち主は始まりの剣士と呼ばれる縁壱(よりいち)でした。

この他にも、炭治郎が最初に手にする日輪刀の鍔は、日輪の形にデザインされています。

そして無惨との最終決戦で、炭治郎が思い描いた「日の呼吸」の十三個めの技も、日輪の形で描かれています。第22巻192話の所です。

探したら他にもあるのかな?

ちなみに、太陽や月は天道(てんどう)を辿って動いていくと考えられていました。「天道」は辞書によると、「天体が運行する道」の他に「自然に定まっている道理」を意味する言葉でもあります。

第12巻 99話では、縁壱が、炭治郎のご先祖様の炭吉(すみよし)にこんなことを言ってますよ。

道を極めた者が 辿り着く場所は いつも同じだ
時代が変わろうとも そこに至るまでの 道のりが違おうとも
必ず同じ場所に行きつく

「日輪」は毎日繰り返される、こうした「たゆまぬ動き」を表しているのかもしれませんね。

一方で、縁壱のお兄さんの巌勝(みちかつ)は、こんなことを言っています。第20巻177話の最後のほうです。

道を極めた者が 行きつく場所は 同じだと お前は言った
しかし私は 辿りつけ なかった
お前と同じ世界を 見ることが できなかった

縁壱が使う呼吸は「日の呼吸」、巌勝が使う呼吸は「月の呼吸」でした。

調べてみると、天道の中でも太陽が通る道は「黄道」(こうどう)、月が通る道は「白道」(はくどう)と名付けられていて、この黄道と白道の傾斜角は、ほんの少し北や南にズレることはあっても、同じような場所を通るみたいです。その差は約5度しかありません。

日と月の傾斜角

地上から見ると、ほとんど違いがわからないくらいの差になるのかな? 似た場所を通るけれど、でもやっぱり違うものになるようです。

これでは巌勝のように縁壱のほうばかり見ていると、うっかり迷子になってしまうのも仕方ないですよね。

ともあれ「日輪」は、天体の運行の意味も含んで、鬼滅の刃ではかなり重要なメッセージを持っていそうです。

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