禰豆子が生き残れたのはなぜ? 月の形から、「鬼滅の刃」1話の状況を考えてみた

月のイメージ

Why did Nezuko survive after being attacked by Muzan Kibutsuji?
鬼舞辻無惨に襲われて、禰豆子は何故生き残れたのでしょう?

Since many things in Nezuko symbolize mountain gods, I reviewed the situation in which Nezuko became a demon.
禰豆子には山の神を象徴するものが多いので、禰豆子が鬼になった状況を見直してみました。

(この記事は、1巻、2巻、5巻、10巻、12巻、16巻、17巻、21巻、22巻、ファンブック第二弾のネタバレを含みます)

民俗学では、山の神や火の神は、月信仰の影響を受けていると考える人がいるようです。

月が満ち欠けすることや、月には表面の高低差などの影が見えることから、月は「醜さや不具」を象徴するものと見る地域があるのだとか。

日本の山の神や火の神も、醜い女神だったり、片足だと伝える地域があるので、月信仰の月と、山の神、火の神はイメージが重なるところがあると考えられるわけです。

月と痣の関係図

Shadows due to height differences can be seen on the surface of the moon. In folklore, there are areas where this is seen as a symbol of ‘ugliness’ and ‘impairment.’
月は表面に高低差から生じる影が見えます。民俗学では、これを「醜さ」や「不具」を象徴するとする地域もあります。

In Japan, it is said that the god of mountains and the god of fire also have ugliness and impairment, and there is a theory that the belief in the moon has an effect.
日本では、山の神や火の神も醜さや不具を持っていると伝えられていて、月信仰が影響しているとする説があります。

鬼滅の刃でも、カラス(鎹鴉)ウサギ(禰豆子)イノシシ(伊之助の被り物)と、山の神の要素が散りばめられていて、空に浮かぶ月には、時々痣のような模様が描かれることがあります。

無惨襲撃で鬼化してしまったとはいえ、禰豆子が生き残ることができたり、太陽を克服することができたのは、禰豆子の変化に「山の神≒月の神」が絡んでいる可能性は無いでしょうか?

この記事では、禰豆子が鬼になってしまった状況に注目してまとめてみました。

鬼化に、かなり時間がかかっている

The situation in which Nezuko became a demon seems to be a very special case.
禰豆子が鬼になった状況は、かなり特殊なパターンになるようです。

Even though much of Muzan’s blood was used, but it took a long time to become a demon.
無残の血が多く使われたのに、鬼になるまで時間がかかっています。

I roughly calculated how long it would have taken based on the position of the moon.
どれくらいの時間が必要だったのか、月の位置からおおまかに計算してみました。

「生き残れた」といっても、禰豆子は鬼になってしまっているのですが、これもよく見ると、通常とは少し様子が違うことがわかります。

例えば黒死牟によると、「強い剣士ほど、鬼となるには時間がかかる」、そして「呼吸が使える者を鬼とする場合、(無惨の)血も多く(必要)」(第17巻 145話)だと言います。

そういえば浅草で鬼化した男性は、使われた血の量はそれほど多くなさそうなのに、その場で鬼化してましたよね。(第2巻 13話)

禰豆子の場合はどうでしょう?

炭治郎が「正月になったら、みんなに腹いっぱい食べさせてやりたいし」と言っているので、竈門家が襲われたのはお正月前の12月(第1巻 1話)。

時刻としては何時ぐらいになるのでしょう?

月の角度で時間を計算するイメージ

ファンブック第二弾 134頁によると、無惨様の身長は179cm。禰豆子の記憶によると、地面に倒れて見上げた先の、無惨様の頭の辺りに右側が欠けた月が描かれています(第22巻 196話)

無惨様と禰豆子の間は4~5mほど離れていたとして、4mだと月の角度は24度ほど、5mだと20度弱になるみたいです。

参考 三角形の辺から角度を計算 | 製品設計知識

月の形では、観測者から見て右側が欠ける月は「夜明け前に残る月」ということで、さっくりいって16日~20日の間くらいが該当しそう。

参考 月と月暦 | ウェブマガジン GSDcom

新暦と旧暦を並べてみると、太字でマークしたこの辺かな?

新暦 旧暦
12月18日 11月10日
12月19日 11月11日
12月20日 11月12日
12月21日 11月13日
12月22日 11月14日
12月23日 11月15日
12月24日 11月16日
12月25日 11月17日
12月26日 11月18日
12月27日 11月19日
12月28日 11月20日
12月29日 11月21日
12月30日 11月22日
12月31日 11月23日

参考 旧暦換算表 | 計算サイト

年代も大正初期としかわかりませんが、もしも1912年(大正元年)だったとすると、12月24日~28日の雲取山の月の位置はこんな感じになるようです。

参考 月の位置計算 | ke!+san

22時 23時 24時 2時 4時
12月24日(十六夜 毎月16日) 60度 70度 80度 50度 30度
12月25日(立待月 毎月17日) 50度 60度 70度 70度 40度
12月26日(居待月 毎月18日) 30度 50度 60度 80度 50度
12月27日(寝待ち月 毎月19日) 20度 30度 40度 70度 60度
12月28日(二十日月 毎月20日) 0度 20度 40度 60度 70度

雲取山の標高を考えなければいけないけど、炭治郎たちが住んでいたのは雲取山の3分の1くらいとして600mで考えていいかな? 月が見える角度は算出した角度から10度くらいマイナスして考えればOK?(アバウト)

ともあれ、遅くまで働いているであろうお母さんも寝間着に着替えている時間帯なので、24時以降かな?

そうすると12月24日~25日の場合は4時台、12月27日~28日の場合は23時~24時くらいになりそうです。

そして、炭治郎が三郎さんの家を出るのは、日の出の後でした。

日の出は標高を入れて計算することができたので、そのまま一覧にしてみると…。

参考 日の出日の入り計算 | ke!+san

日の出時刻
12月24日 6:42:57
12月25日 6:43:23
12月26日 6:43:48
12月27日 6:44:11
12月28日 6:44:32

7時くらいには三郎さんの家を出たとして、雪が積もっている中を移動するには…

1~2時間くらいかかった場合→家に到着するのは8時~9時くらい
2~3時間くらいかかった場合→家に到着するのは9時~10時くらい

このとき禰豆子は、まだ鬼化しておらず、炭治郎が背負って町へ向かう途中で鬼化するので、プラスアルファの時間があるとしても、鬼化するのに早くて6時間前後、長いと10時間前後かかっていそうです。

「三日かかった」という黒死牟は、呼吸が使えて痣も出現している剣士でした(第17巻 145話)。人によってはずいぶん時間がかかるんですね。

でも、沼鬼によると、「この女は恐らく分けられた血の量が多いんだ!!」(第2巻 12話)というのに、禰豆子は剣士でもなく、体に入った血の量も多いのに、鬼化するのにかなり時間がかかっていることになります。

黒死牟は「稀に鬼とならぬ体質の者も存在する」(第17巻 145話)とも言ってるんですけど、禰豆子は鬼になりにくい体質か何かだったんでしょうか?

それは木曽五木の一つ、「ネズコ」という材木の性質が参考になるかもしれませんよ。

信州木曽・藪原 株式会社「山六篠原商店」のネズコ材を使った木曽の民芸花器のリーフレットに、「ネズコは虫におかされる事もなく防湿性が強いので神社等の什器を入れる箱に使用されております」という説明がありました。

黒死牟が言っていたのは、もしかすると虫に強い(=無惨様の細胞に強い)というネズコ材のような性質を持った禰豆子みたいな人のことだったのかもしれませんね。

ネズコ材の特徴は、木曽五木 | 中部森林管理局のページで木の幹や葉、花の写真を見ることができます。材木を扱っているお店のサイトなどによると「腐食に強い」、「耐久性がある」、「虫に強い」といったことが経験的に知られているようです。

参考 長さ4メートル、重さ200キロ。巨大キッチンカウンターとミーティングテーブルを、渋谷のビルの3階へ。 | HIDA KUMA
参考 樹木の名前と特徴 | Interior Zukan

というわけで、禰豆子が鬼化する際は少し特殊な事情がありそうです。

では、禰豆子が助かった要因として、もしも「月信仰の影響がある山の神」の影響があったとすると、何があるでしょう?

雲取山は、ちょっと特別な場所

東京近辺の山岳信仰に関する山

The place where Nezuko and her family lived was a sacred place for Shugendo.
禰豆子たちが住んでいた場所は、修験道の聖地でした。

上の図は、修験道の拠点となっていた山を緑色に塗ってみました。登場人物の出身地は四角い枠で山名を囲んでいます。

炭治郎と伊之助は山岳信仰の山そのものですが、柱の皆さんは信仰の山の、その側にある山が出身地という感じになるみたいですよ。

炭治郎と禰豆子が住んでいた雲取山は、かつては妙法ヶ岳、白岩山、雲取山の三山で「三峰山」(みつみねさん)と尊称されていて、かなり歴史が古いようです。

この三山の名前が出てくるのは日本武尊の時代のこと。東国遠征に向かう途中、御嶽山の辺りで道に迷ってしまった尊は、白狼に導かれて展望のきく山頂へ出ることが出来たので、現在の三峰神社の地に仮宮を建てて、伊弉諾命、伊弉冉尊の二柱を祀ったと伝わっています。

その翌年、景行天皇の東国巡幸の際に、三山の景観に感動された天皇から「三峯宮」の称号を授けられています。

聖武天皇の時代(天平8年、736年)に全国で疱瘡が流行した際には、諸国の神社に病気平癒の奉幣が行われているのですが、三峰宮には「大明神」の称号が授けられ、翌年には皇后の寄進による観音像を別殿に安置したことで、神仏の鎮座する霊山となっています。

奉幣(ほうへい、ほうべい)
神に幣帛(へいはく)をささげること。幣帛というのは、神前に奉献するものを総称することばです。

朝廷に関わる行事で、天皇が直接親拝して奉幣を奉ったり、「奉幣使」という勅使を派遣したりします。

炭治郎が暮らした大正時代は、「廃仏毀釈」や「修験宗廃止令」によって荒廃していたかもしれませんが、雲取山だけでなく、近隣の山々は、古くから神仏習合した修験道の拠点が集まっていたようで、この地域は山岳信仰の聖域と言えそうです。

第16巻 137話で「この千年、神も仏も見たことがない」ときっぱり断言していた無惨様ですが、なかなかすごい場所で事件を起こしていたんですね…(汗)

竈門家も、ちょっと特別な人たち

原作では、うたさんが鬼に殺された夜、月に痣のような模様が描かれていました(第21巻 186話)

「鬼滅の刃」では、炭治郎と禰豆子が変化するときにこうした痣のような模様が月に描かれることが多いので、「この場面で描かれているのは、なぜ?」と管理人も不思議だったんですが、もしかすると、うたさんや緑壱といった人物に対してだけでなく、場所そのものをマークする描写だったのかもしれないと考えるようになりました。

というのも、この場所はその後、何百年にも渡って竈門家が住み続ける場所になるからです。

竈門家は炭焼きが職業です。

炭焼きは通常、釜の周りに手頃な木がなくなったら次の場所へ移動して、新しく釜を作り直して炭を焼く… といった生活をする人が多かったようです。

現在のように固定した釜まで木を運んできて炭を焼くようになるのは、トラック輸送が一般化してからのこと。

明治政府の交通政策は、大量輸送機関である「鉄道」や「海運」の育成に力を注いでいたため、自動車輸送が飛躍的に拡大するのは、大正12年(1923年)の関東大震災が発生してからになります。

東京市内の鉄道・軌道の殆どが破壊された中を、復興資材の輸送にトラックが機動力を発揮したことが大きく影響しているんですね。

ただ、皮肉にも、この関東大震災の発生で財政緊縮が発動したり、公債発行が停止されたりしたため、それまで計画されていた道路の改良企画は実現することができませんでした。

その後も満州事変、第二次世界大戦と戦争が続いたことから、国内の道路整備はますます遅れ、本格化したのは財源の確保と法整備が叶う戦後になってからです。

つまり、炭治郎の時代の炭焼きたちは、まだ移動することが中心の生活形態だった可能性が高いんですよね。

でも、炭治郎たちは定住しています。

家と違う場所で釜を運営していたのかもしれませんが、400年も同じ場所に住み続けるのは、炭焼きとしては少し変わった人たちということは言えそうです。

山の神から見ても、年に一度、古くからある霊山で、ヒノカミ神楽を代々継承している一族ということになると、けっこう特別な存在になっている可能性があります。

月の光で見た、生き残った条件

無惨襲撃の際、禰豆子が他の家族と違った点は、六太とともに家の外に倒れていたことでした。他の家族は皆、家の中で倒れています。

外には居待月、もしくは寝待ち月が出ています。(第22巻 196話)

観測者から見て右側が欠ける月は「夜明け前に残る月」なので、禰豆子と六太は朝になるまでずっと月の光に照らされていた可能性が高いわけです。

つまり、「山の神≒月の神」の加護があったので、禰豆子は生き残ることができたと考えることができそうです。

でも、同じように外に倒れていた六太は、生き残ることができませんでした。

このときの六太の年齢は、いくつくらいになるのでしょう?

禰豆子と炭治郎の年齢をハンドブック(ハンドブック第一弾34頁)を手掛かりに推測するとこんな感じになります。

5巻 ヒノカミ 10巻 重なる 17巻 鈴鳴り 1巻 残酷
葵枝
炭治郎 5~6? 11? 11? 13
禰豆子 4~5? 10? 10? 12
竹雄 1~2? 9? 9? 11?
花子 0? 7(帯)? 9?
5? 7?
六太 1~2? 1~2? 3~4?

(第5巻 40話、第10巻 81話、第17巻 151話、第1巻 1話)

第12巻 103話で、10歳になるという小鉄少年に「へぇ!小鉄君十歳かぁ。俺の弟…」と言いかけるので、「残酷」の時点で竹雄は10歳、花子は8歳かもしれませんが、第17巻 151話で花子は普通の帯を締めて描かれているみたいなので、7歳くらいかなと判断しました。

七五三の「帯解きの儀」は7歳になってからですもんね。

帯解きの儀
それまで胴の部分に紐を縫い付けて結んでいたのを、大人と同じ本仕立ての着物に普通の帯を結び始めるのを祝う女の子の儀礼。

第22巻 195話末のスペースに書かれた「無惨が鬼を作る理由」では、「無惨の血の量が多いと殆どの場合、細胞が壊れて死ぬ為」、「特に上弦の鬼は簡単に作れない」のだとか。

無惨襲撃時の六太の年齢は3~4歳として、「禰豆子は与えられた血が多かった」(第2巻 12話)ということを考えても、禰豆子のそばにいた六太は禰豆子と同じくらいか、それに近い量が与えられていた可能性があるわけです。

そうなると、山の神の加護があったとしても、六太の小さな体では残念ながら耐えられなかったのかもしれませんね…。

名前がネズコ材と同じネズコで、山の神の加護があったから生き残れたと考えるのは、都合が良すぎるでしょうか? でも、六太のように、「何もないところに奇跡は起きない」というところは、鬼滅の刃のシビアな世界を感じさせます。

少し長くなってしまいました。「山の神≒月の神」の影響があった可能性について、「1000年の鬼の歴史で、禰豆子が太陽を克服できたのはなぜ?」にまとめているので、よかったらこちらも覗いてみてくださいね。

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