善逸の鎹鴉は雀です。鬼殺隊で雀と行動しているのは彼だけです。
(この記事は、鬼滅の刃 ファンブック第一弾のネタバレを含みます)
鬼殺隊の連絡役として活躍する鎹鎹は、ほぼすべてカラスです。なのに、その中で唯一違うのが、善逸に割り当てられているスズメです。しかもファンブック第一弾 39頁には、「鴉でないものは我妻隊士だけ」と明記されているんですよね(笑)
善逸の他にも雷の呼吸の使い手はいるはずなので、その人達はちゃんと鴉と組んでいるようです。
でもこれ、どうしてなんでしょう?
善逸に重なるイメージ「雷」と「龍」でスズメを見ると、ちょっとおもしろい関係が見えてきますよ。
雷と雀の不思議な関係
雷を鎮めると言われている神社があり、その名前には雀の字が使われています。
栃木県宇都宮市の雀宮町(すずめのみやまち)には、変わった神社があります。雀宮神社(すずめのみやじんじゃ)です。
土地の人は、雷を鎮めるための「鎮める」という言葉が変化したものだと考えているそうで、お正月などの特別な日には、かわいらしい福良雀のお守りが授与されるようです。
参考 「すずめ」は厄を「しずめ」る!? 地名に秘められた願い-雀宮- | aliveOnlineShop
実際、宇都宮は雷が多いようで、「雷銀座」と呼ばれたりしますよね。
北部に1000~2000m級の山があり、南東方向に開いた地形になっているため、強い日射を受けて上昇気流が起こりやすいということもあって、4月~9月に限って見ると、宇都宮の雷日数は平年値22.6日にもなります。
善逸は雷の呼吸の使い手で、イザナミから生じた八雷神にも重なるキャラクターという雷尽くし。しかも、うるさい(笑)
となると、雷を鎮めてくれる雀はベストマッチというわけです。
しかもこの神社、伊之助のイメージと重なる稚武彦命(ワカタケヒコノミコト)のお兄さん、吉備津彦命(キビツヒコノミコト)とも関連のある人物が祀られているんですよ。
雀が「鎮める」につながったわけ
この神社は、鎮の宮として知られる古代皇族の物語があります。
雀宮神社の祭神は、御諸別王(ミモロワケノキミ)、素戔嗚命(スサノオノミコト)、大山祇命(オオヤマズミノミコト)の三柱。
御諸別王というのは、崇神天皇の第1皇子である豊城入彦命(トヨキイリヒコノミコト)の三世孫にあたる皇族です。
崇神天皇は、諸国に四道将軍を派遣して大和王権の基盤整備に着手したこともあって、古事記には「初国知らしし御真木天皇」(ハツクニシラシシミマキノスメラミコト)とも書かれている天皇です。この四道将軍の一人で西道に派遣されたのが吉備津彦命でしたね。
豊城入彦命は、古事記では豊木入日子命(トヨキイリヒコノミコト)と表記されている人物で、異母兄弟に活目尊(イクメノミコト、古事記では伊久米伊理毘古伊佐知命 イクメイリヒコイサチノミコト)という方がいます。
ともに優秀であったことから、崇神天皇は後継をどちらかにするか選びきれず迷っていたそう。
夢占いの結果、兄の豊城入彦命は「私は御諸山(三輪山)に登って東に向かい、八廻弄槍(やめぐり ほことり)し、八廻撃刀(やめぐり たちかけ)していました」と奏上し、弟の活目尊は「私は御諸山の嶺に登り、四方に縄を張り、粟を食う雀を逐(お)っていました」と奏上したことから、兄は東国を治め、弟が崇神天皇の後を継ぐことになったといいます。
とはいえ、東国はまだ平定されていない土地。豊城入彦命が派遣された後も、その子どもの八綱田(ヤツナタ)、そのまた子どもの彦狭島王(ヒコサシマオウ)と東国への派遣が続き、彦狭島王は東国へ向かう旅の途中で没してしまいます。
御諸別王は父の彦狭島王の代わりに東国に下るわけですが、雀宮周辺に本拠地を置き、善政を敷いて東国を治めることに成功。蝦夷の起こした騒動も鎮めることができたため、後に「鎮(しずめ)の宮」と尊称され、雀宮神社の祭神として祀られたと伝えられています。
そのご縁で、1713年(正徳3年)に東山天皇から金文字で「雀宮」と書かれた勅額を賜り、その勅額は現在も本殿に保存されているそうです。
竹やぶの雀は鳳凰の雛
日本では、竹やぶに棲む雀は鳳凰の雛といわれています。鳳凰は龍と対になって幸運を象徴します。
雀といえば、竹と組み合わせた構図「竹に雀」が有名ですよね。
竹は寒い冬でも青々とした葉を落とさず、風雪に耐えて真っ直ぐに伸びていく生命力から、「松は千歳を契り、竹は万歳を契る」と言われ、門松にも用いる植物。雀は子孫繁栄、五穀豊穣、災難を食べ尽くして家内安全につながる縁起のいい鳥とされています。
この2つは「取り合わせがいい」というのもありますが、桐竹鳳凰(きりたけほうおう)に重ねてなのか、竹やぶにすむ雀のことを「鳳凰の雛」と解釈することもあるみたいです。
桐竹鳳凰というのは、天皇が着用する袍(ほう)にのみ許されている文様のこと。太平の世を治めた君主を褒め、天上から鳳凰が舞い降りてくるとされる中国の古い伝説をデザインしたものです。
鳳凰は世界が平和なときにだけ太陽の光にのって飛んでくるとされていて、地上の梧桐(あおぎり)にすみ、60年に一度実る竹の実を食して現世に留まるのですが、乱世になるとたちまち天上へ還ってしまうため、善君の世の証とされています。
古代中国では、鳳凰と龍が一緒に現れると、さらにおめでたいということで、「龍鳳呈祥」(りゅうおうていしょう)という吉祥図になるみたいですよ。
善逸は雷の呼吸を使いますが、古くから龍は雷と関係の深い生き物と考えられていました。善逸の羽織は、龍を表す鱗紋の模様でしたよね。この点でも、善逸とチュン太郎はとてもいい組み合わせといえそうです。
令和の時代は、善逸(龍)とスズメ(鳳凰の雛)が平和を象徴する組み合わせになるのかもしれません(笑)
当ブログでは、鎹鴉の鴉についても調べています。善逸の羽織の模様についてもまとめているので、よかったらこちらも覗いてみてくださいね。