無惨様の治療法、しのぶさんと珠世さんの薬からわかること

試験管のイメージ

Muzan Kibutsuji has much in common with cancer cells. Assuming that Muzan is a cancer cell, the mystery of the blue cluster amaryllis may also be revealed.
鬼舞辻無惨は、がん細胞と多くの共通点があります。無惨ががん細胞だと仮定すると、青い彼岸花の謎も見えてきそうです。

(この記事は、第15巻、第21巻、第23巻、ファンブック第一弾、ファンブック第二弾のネタバレを含みます)

 
一つ前の記事で、鬼を滅するために重要なこととして、「脳」と「心臓」の関係に注目しました。

脳と心臓のつながりを日輪刀で絶たれると、鬼の体は滅んでしまうところから、太陽の影響を持つもので脳と心臓のネットワークが絶たれると、無惨様の細胞は鬼の体内に存在することができない、つまり細胞の死を迎えるということになりそうです。

では、脳ってどんな臓器なんでしょう?

その大きな特徴は、「神経細胞の塊」であることです。1つ1つの細胞が活動を続け、情報を伝える電気エネルギーを発生させるために、豊富な酸素と栄養を必要とします。

一方で、心臓は「筋肉の塊」という特徴があります。人間の体には約5000ccの血液が流れているのですが、これを全身に巡らせるために、その個体が生まれてから死ぬまで、リズムをとって収縮を繰り返しています。この活動も、豊富な酸素と栄養を必要としています。

つまり、どちらの臓器も、生まれてから死ぬまで、大量の血液が休むことなく流れ続けている臓器なんですね。

「大量の血液を必要とする」、「独自のネットワークを作る」、そして「切る」ことで治すものに「がん細胞」があります。

無惨様はその再生能力や生命力、鬼の細胞が破壊できる力などから、連載当時から「がん細胞に似ている」と見る人が多いのですが、詳しく見ていくと、がん細胞のイメージにかなり寄せて描かれていることが見えてきますよ。

がん細胞が増殖し続ける方法

まず、比較のために、正常な細胞の特徴をまとめてみると、こんな感じになります。

 

【正常な細胞の特徴】

・正常な体では、必要以上に細胞が増え続けないよう、細胞増殖因子の働きがコントロールされている。

・通常の細胞では、ある程度成長すると、分裂と移動を止めて、その場所でそれぞれの役割を果たすようになる。
細胞周期としては「G1→S→G2→M→G1」という増殖のための周期から外れて、休止期(G0期)と呼ばれる状態になる。

・万一、自分の居場所を離れたり、修復不可能な異常細胞が発生すると、細胞死(アポトーシス)により個体から排除される。

 

こうした正常な細胞に比較して、がん細胞を見てみると、活発な増殖を続けるために、途切れることなく栄養を獲得する必要のあることがわかります。

このため、正常な細胞と違って、かなり活動的な特徴があるみたいですよ。こんな感じ。

 

【がん細胞の特徴】

・血管に働きかけて新しい血管を作らせ、必要な酸素と栄養を獲得する。血管網に似たネットワーク構造を自らもつくり、得られた栄養をがん細胞の間で循環させたりする

・正常な細胞に働きかけて、眠っている増殖プログラムを呼び覚まし、さらに増殖因子の情報交換を行って、新たに違う細胞を作るきっかけを生み出す

・がん細胞を攻撃する免疫に働きかけて、その作用を抑制する(がんの免疫逃避)

・血管などを通して移動し、新たな場所でさらに増殖を続ける(転移)

・薬に対する耐性がある

 

参考 山口 良文、三浦 正幸 細胞死 | 脳科学辞典
参考 石川 寛、中島 欽一 細胞増殖 | 脳科学辞典
参考 がんと免疫について学ぼう | 山手CAクリニック
参考 がん細胞が血管網に似た構造を作る仕組みを解明 | リソウ
参考 生体が持つ天然のデリバリーシステムであるエクソソームに学ぶ | 日本消化器病学会 再生医療研究推進委員会
 

周囲の細胞をコントロールする「がん細胞」の振る舞いは、全ての鬼を掌握して君臨している無惨様みたいですよね。

そして、別の生き物の体質を使って、太陽も克服する細胞を生み出そうとする(ファンブック第一弾 95頁)無惨様の目論見は、がん細胞の手法に似ていると言えそうです。

珠世さんの薬から見えるがん細胞の姿

しのぶ&珠世さん共同開発の薬がどんなふうに作用するのかを見ていくと、さらに、がん細胞の姿が浮かびあがってきますよ。

老化の薬

不可逆的な(もとに戻ることができない)増殖停止状態のことを「細胞老化」いいます。

正常な細胞に起こる働きで、異常を持った細胞が増殖して、がん化することを防ぐために働くと考えられています。

細胞が様々なストレスを受けることで発生するのですが、もちろん、発がんの危険性がある修復不可能なDNAの損傷ができたときにも起こります。

ただ、細胞老化を起こした細胞は、細胞死(アポトーシス)と違って、体内に長く残ってしまいます。

長期的には、発がんを促し、増殖させてしまう現象を起こしてしまうみたいで、短期的には有益でも、長期になると害が出てくる諸刃の剣のような働きになると考えられています。

細胞分裂阻害

「細胞分裂阻害剤」というのは、細胞分裂を阻害する殺菌剤の総称になります。

現在の抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)の多くは、いわゆる「細胞毒」といわれるもので、細胞内の遺伝子に作用します。

「細胞障害性」というのは、「細胞が増殖する基本である、DNA合成や細胞分裂を妨げる」ことをいいます。

細胞破壊

近年、次世代がん治療として、がん細胞そのものを攻撃する治療法が研究されています。

1990年代に注目を集めた「ウイルス療法」や、2000年代に入ってから注目を集めた「光免疫療法」が代表選手みたいですね。

どちらも研究開発の舞台はアメリカでしたが、近年は日本でも治験が始まったり、条件付きで承認されたりしています。

人間に戻す薬

細胞が増殖するとき、「細胞周期」に従って細胞は分裂していきます。

でも、お母さんから生まれた後は、増殖せずに生きているものが大半となって、細胞周期でいうと「静止期」(G0期)と呼ばれる状態になります。

一方、がん細胞は、基本的に「静止期」に入る能力が欠如している状態にあります。

実際は、がん細胞のごく一部に、増殖する能力を持ったままG0期に留まるものがあるようで、増殖中の細胞(がん細胞)を狙う薬物療法をやり過ごして生き残ることがあるようですが、それはともあれ。

こんなふうに完治が難しいがん細胞でも、G0期に入ってずっとそこに留めることができれば、「人間に戻る」と言うことができそうです。

 
参考 研究内容 | 細胞老化プロジェクト
参考 様々なステージで使用される薬物療法 | がんの治療法 詳しく知りたい!
参考 休止期の細胞が増殖能力を維持するための遺伝子を発見 ─ 新たな癌治療に向けて─ | OIST
 

無惨様が太陽克服を願う理由

このように、しのぶ&珠世さんの薬を詳しく見ていくと、がん治療に使われる薬物や、がんの増殖を抑える体の仕組みがあてはまることがわかります。

そんなふうに考えると、無惨様が人間として誕生する際のエピソードも、興味深い表現になっています。

 

私にはいつも、死の影がぴたりと張りついていた
私の心臓は母親の腹の中で何度も止まり
生まれた時には死産だと言われ
脈もなく呼吸もしていなかった
荼毘に付されようという際に
踠いて踠いて、私は産声を上げた

(第23巻 201話)

 

がん細胞のもとになる遺伝子の変異は、人間が普通に生活していても、ある程度の頻度で発生するみたいです。

でも、それがすべて「がん」になってしまうのではなく、人間の体の中には、そうした変異が「がん」に変わるのを防ぐ仕組みがあります。

「細胞死(アポトーシス)」という働きで、「細胞老化」と同じように「がん抑制機構」と考えられています。

細胞は様々なポイントで遺伝子の異常をチェックし、異常がみつかると壊れている所を元に戻そうとします。そして、「修復が難しい」と判断された異常細胞は、細胞死(アポトーシス)を起こして体から排除されていくのです。

無惨様のそもそもが、修復不可能な異常細胞と重なる存在だとしたら、お母さんのお腹の中で体験した死の恐怖は、アポトーシスの働きで排除されようとする異常細胞の姿に重なりそうですね。

そういえば、日輪刀に使われている「猩々緋」は歌舞伎「猩々」の衣装に使われている「赤」のことで、祭祀に使われていた魔除けの赤と相まって、かつては疱瘡のおまじないとして使われていました。病気に関係があるイメージが重ねられているんですね。

 

 

そして、炭治郎の名前にある「治」という漢字には、病気を治すという意味があります。

 

 

がんの治療法を見てみると、基本とされるのは以下の3種類で、鬼滅の刃で用いられる鬼退治の方法がきれいに当てはまっていきます。

 

・切って取り除く(外科療法) … 鬼の頸の切断
・放射線を照射する(放射線療法) … 日光に当てる
・薬物療法(抗がん剤、分子標的治療薬、免疫療法、ホルモン療法) … 毒を用いる

 

無惨様は薬物も時間があれば分解できてしまうし(ファンブック第二弾 120頁)、頸の急所も体の構造を変えることで克服していました。(第21巻 187話)

日の光を克服することは、無惨様にとってみると、死の恐怖を乗り越えるための唯一の課題だったと言えそうです。

月夜見と不老不死

そして、この世に誕生した後も、無惨様は「二十歳になる前に死ぬ」(第15巻 127話)と言われるほど、命の危険にさらされていました。

これがもし、もう一つの防衛システム「細胞老化」が働く状態を表しているとすると、「青い彼岸花」を用いた善良な医者の目的は、老いを止めて、進みすぎた時間を戻すこと、つまり「若返り」を目指していたのではないでしょうか。

万葉集には老いを嘆く歌がいくつか収録されているのですが、その中には、月夜見(ツクヨミ)が持つとされる「変若水」(をちみず)のことを歌ったものが収録されています。

「をち」は「復ち」で、復活することを意味します。

 

天橋文 長雲鴨 高山文 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取来而 公奉而 越得之旱物
(万葉集 第13巻 3245番歌)

天橋(あまはし)も 長くもがも 高山(たかやま)も 高くもがも 月夜見(つくよみ)の 持てるをち水(をちみづ)い取り来て(いとりきて)君に奉りて(たてまつりて)をち得て(をちえて)しかも
 

天へと通じる橋がより長く、高い山もより高くあったらいいのに。月夜見がお持ちの若返りの水をいただいてきて、君に奉り、若返っていただくのに。

 

古代中国では、満ち欠けを繰り返す月は「不老不死」や「再生」を表すと考えられていて、日本にもこうした考え方が古くからありました。

月夜見の「をち水」も、こうした不老不死伝説の一つです。

 
参考 月の伝説と信仰:詩歌に見るその成立の一側面 許, 曼麗 | 慶應義塾大学 学術情報リポジトリ(KOARA)
 

歌に詠まれているように、月夜見の変若水を手に入れることは叶わなくても、水路が発達していた関東であれば、大陸伝来の情報が集まっていた可能性がありそうです。

月の誕生日とされる中秋に咲く彼岸花であれば、月の影響を受けた妙薬として手に入れることができたのかもしれません。

 

 

「青い彼岸花」に期待された効果は、細胞老化の働きを止めることだった。でも無惨様や鬼の特徴からすると、G0期を脱して無限の増殖を始めるスイッチのような働きをしてしまう薬だった、そんな事情だったのかもしれませんね。

ただ、これでは異常細胞の働きを進めてしまうので、「薬がきく」ということは、本格的な「がん細胞」ができてしまうことになります。

普通の人間であれば、がんのために死んでしまうところですが、無惨様は最初の人食い鬼として何かに順応してしまったのかもしれません。

当ブログでは、鬼に関する考察記事もあります。鬼と心臓が深く関わっているのは、曼荼羅がモチーフになっているからかもしれませんよ。よかったらこちらの記事も覗いてみてくださいね。

 

 

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