鬼滅の刃、日輪刀は病魔退散の「赤」を利用した祈りの刃

日本刀

I think Nichirin swords are a special sword with the power of the Japanese Yin-Yang and Five Elements.
日輪刀は日本の陰陽五行の力を持った特別な刀だと思います。

鬼滅の刃といえば、題名にもなっている「刀」が武器。それも、ただの刀ではなく、「日輪刀」という特別な刀が必要とされています。

明治九年(1876年)に廃刀令が配布されているので、大正時代は刀をすぐに使える状態で所持していると見咎められる時代。

それにもかかわらず、鬼滅隊は鬼を退治するために日輪刀を帯刀して使い続けているわけですが、それはどうしてなんでしょう?

そもそも鬼って何?

鬼舞辻無惨をはじめとする、鬼滅の刃に登場する鬼は、日本の神話や昔話に出てくる鬼と違って、太陽の光か、日輪刀で首を切る以外に退治する方法がないという絶望的な設定です。

普通の刀では首を切っても死なず、腕や足を切り落としても再生してしまうという、とんでもない存在なのですが、そもそも鬼ってなんでしょう?

「今昔物語集」に掲載されている「竹取物語」は日本最古の物語文学ですが、かぐや姫が月に帰る直前に「鬼」という表現が出てきます。

天皇ノ宣(のたまは)ク、「汝(なむぢ)、然(さ)レバ何者(なにもの)ゾ。鬼(おに)カ神(かみ)カ」ト。
天皇が仰せになった「あなたは、では何者なのか。鬼か、神か」と。

女(をむな)ノ云(いわ)ク、「己(おの)レ鬼(おに)ニモ非(あら)ズ、神(かみ)ニモ非(あら)ズ。但(ただ)シ己(おのれ)ヲバ只今(ただいま)空(そら)ヨリ人(ひと)来(きたり)テ可迎(むかうべ)キ也(なり)。天皇(てんのう)速(すみやか)ニ返(かへ)ラセ給(たま)ヒネ」ト。
かぐや姫が言うには、「私は鬼でも神でもありません。ただ、これから空より人が私のことを迎えに来るので行かなくてはなりません。すぐに返らせてください」と。

人以外のものとして、鬼と神が同列に表現されているんですね。かぐや姫は、そのどちらでもないと言っているのですが、それはともあれ。

これは古代中国の考え方で、人が死ぬと肉体から魂(たましい)が抜け出して「鬼(キ)」となり、鬼から善鬼(=神)と悪鬼(=悪神、悪魔)に分かれると考えられていたことが影響しています。

悪鬼は人に害を与えますが、神としてまつられることでよい働きをしてくれる善鬼になります。

「大漢和辞典」によると、「人が死ぬと、心や思いを司る魂は天にのぼって神となり、形体は地に帰り、形体の主宰である魄(はく)は鬼になる」という説明もあります。

日本ではこうした中国の鬼(キ)のイメージに、古くから伝わる物の怪や、陰陽道の影響、仏教の影響など、様々な要素が混じり合った存在になっているようですが、炭治郎が言うように、人間から生まれる鬼もあると認識されていたわけですね。

そして、こうした鬼は、北東の方向、十二支を割り当てた方位でいうと、「丑寅」の方角に現れると言われています。

桃太郎に見る、陰陽五行による鬼退治の方法

桃太郎と鬼門

鬼退治といえば、昔話でおなじみの「桃太郎」があります。実はこの話、陰陽五行に則った設定になっているので、鬼滅の鬼を考えるときも参考になるんですよ。

先程、書いたように、鬼は鬼門に現れます。

鬼門の方角は北東なので、干支でいうと「丑寅」の方角。それぞれ 丑→「土」 寅→「木」の要素が割り当てられています。

陰陽五行の考え方では、ある要素の力を弱めるには、相剋(そうこく)の関係にある要素を使うので、寅が持つ「木」の要素を弱めるのは「金」の要素。木を斧で切り倒すイメージです。

鬼退治をするためには、鬼門の「木」の要素を弱める「金」の要素を使えばいいわけです。

陰陽五行

そして、陰陽五行は果物にも割り当てられていて、「金」にあたるのは、秋を象徴する「桃」が割り当てられています。桃太郎、本人ですね。

桃の側にある、「金」の要素を表す干支をよく見ると、桃太郎のお供をした動物が見えてきますよ。そう、犬(戌)、猿(申)、雉(酉)です。

戌は位置的に変わり目にあたるので「土」の要素になっていますが、限りなく「金」に近い「土」なので、「金」のグループと考えてOK。

このように、桃(金)、申(金)、酉(金)、戌(金に近い土)と、同じ要素が重なる比和(ひわ)の関係で、「金」のエネルギーを強めています。

緑と黒の格子の羽織を着て水の呼吸を使う炭治郎と、水に属するイノシシ(亥)の頭を被る伊之助が、連携をとって鬼と戦うのと同じ関係ですね。

鬼滅では、「金」の要素の刀を使って鬼退治

というわけで、桃太郎でいう「桃太郎&戌、申、酉」が、鬼滅の刃では「日輪刀」となって、刃物の持つ「金」の要素で鬼に対抗しているわけです。

では、日輪刀はどんな刀なのかというと、第2巻ではこんな説明がでてきます。

日輪刀の原料である 砂鉄と鉱石は 太陽に一番近い山でとれる
猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)
猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)
陽の光を吸収する鉄だ
陽光山は 一年中陽が射している山だ
曇らないし 雨も降らない

「太陽に一番近く、天気にも左右されない陽光山でとれる、陽の光を吸収する鉄」ということなので、「陽」の要素の塊のような刀とのこと。

鬼は「陰」の要素なので、これだけでも退治できそうですが、さらに砂鉄や鉱石に「猩々緋」と名前がついた素材を使っているといいます。

猩々緋というのは、緋色の中でも強い黄色味がかった朱色のことです。

猩々緋

でも、あれあれ? 赤い色は「火」の要素を表すんですよね。

陰陽五行では、「火」は「金」を溶かしてしまう相剋の関係なので、あまりよくない組み合わせです。矛盾を孕んだ刀ということになるのかな?

でも、鬼が持つ要素と並べてみると、見事に相剋の関係になっているのがわかりますよ。なかなか死なない桁違いの鬼を相手にするためか、かなり念入りな設定になっているようです。

日輪刀
太陽の光を吸収する鉄の「陽」の要素 陰陽道から見た「陰」の要素
猩々緋の「火」の要素 丑の「水」(限りなく水に近い土)の要素
刀の「金」の要素 寅の「木」の要素

さらに、猩々にも意味があります。猩々というのは、古代中国に伝わる猿に似た姿で、海にすむとされていた架空の生き物のこと。

お酒が好きで赤ら顔をしているのが特徴で、人の言葉を理解するけれど、それは鳥のオウム並で、動物の域を出ないとされていました。

猩々

日本では、船幽霊のように船を沈めようとする怖い存在と伝わる地域がある一方で、お酒が好きな陽気な神様として能の演目にも取り入れられています。

古代中国と違って、全身が真っ赤な姿をして描かれるのは、能衣裳の影響ですね。でも、この姿のために、度々流行した疱瘡除けの神様の役割を果たすようにもなりました。

日本には古くから「赤」は疱瘡神をはじめとする病魔・鬼神を退散させるという言い伝えがあるためで、この他にも、赤一色で描かれた桃太郎や達磨大師の置物などが疱瘡除けのお守りとして使われています。

赤は赤でも、日輪刀に使われる赤は、病を封じる祈りを込めた特別な赤だったんですね。

それにしても、日輪刀にこんなシャーマン的な要素があると、炭治郎や善逸の羽織の模様につながっていた鳥装のシャーマンも、意外と無関係ではないような気がしてきます。

戦い方の不思議 鬼滅隊は、なぜ夜に戦うことが多いの?

鼓屋敷での戦いは、空の様子から見て昼だったようですが、沼の鬼、那田蜘蛛山、無限列車では、いずれも夜に鬼と対峙していました。

鬼殺隊は政府公認の組織ではないため、人目に付きやすい昼に目立つ活動がしにくいのでしょうが、でもなぜ夜が多いのでしょう?

これも五行で考えると理由がありそうです。「はくどー庵」というサイトでは、剣術に関する陰陽五行の考え方でこんな説明がありました。

昼間のロウソクの灯りは陰ですが、暗闇のロウソクは陽になります
[4]剣道形の術理 陰陽五行説

[4]剣道形の術理 « はくどー庵
剣道二刀流を実践する庵主「はくどー」が、剣道の研究と剣道家の出会いと交流のためのサイトを運営しています。

陰と陽は相対的なもの。昼と夜を陰陽で分けると、昼は陽、夜は陰。けれど同じ昼でも、午前は陽、午後は陰となります。何に対するかによって、同じものでも陰と陽が変わっていくわけですね。

昼は確かに鬼の力が削がれるので攻撃のチャンスかもしれないけれど、神ならぬ人の身で「陽」を最大限に引き出して戦うのなら、陽の力が際立つ夜の闇を利用するのも一つの方法なのかも。

実際、鬼滅の刃第8巻では、炭治郎も猗窩座に向かって「いつだって鬼殺隊は お前らに有利な 夜の闇の中で 戦ってるんだ!!」と言っていたので、戦う際に夜を意識しているのは間違いなさそうです。

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