伊之助は羽織を着ないの? その服装はどんな意味?

萩にイノシシ

Inosuke Hashibira of the Demon slayer wears a costume that reflects the culture of the mountains.
鬼滅の刃の伊之助は、山の文化を反映した衣装を着ています。

(この記事は、7巻、10巻、ファンブック第一弾のネタバレを含みます)

伊之助は羽織を着ていません。というか、服の着心地が悪いようで、いつも上半身は裸です(汗)

何か赤い色のものを着ていてくれれば、炭治郎の「緑=木性、黒=水性」、善逸の「黄=土性、白=金性」で、五行の木火土金水の要素が三人で全て揃うんですけど、まあ、仕方ありませんよね。野生児ですから。

その代わりに、腰の周りには鹿毛、すねには熊毛をつけた特徴的な出で立ちをしています。山を生活圏にしている人たち、狩猟を生業としたマタギや、引敷(ひっしき・ひきじき)を身に着けた山伏を思わせる服装です。

そして、頭にはイノシシの頭を被っているのが彼の大きな特徴です。

猪は人助けをしてくれる?

伊之助は赤ん坊の頃、猪に育てられます。(第10巻 88話)

ファンブックによると、頭に被っている猪の頭は、死んでしまった育て親の毛皮なんだそうです(ファンブック第一弾 45頁)

猪というと、炭治郎の格子文や、善逸の鱗文のような、古くから伝わる模様に比べると印象が少し違いますが、実はこちらも古くから伝わるモチーフです。

今では作物を荒らす害獣ですが、縄文時代の遺跡では猪の形をした土器が、古墳からは猪の埴輪が出土していて、豊穣のシンボルとして使われていたと考えられています。

稲作が定着する弥生時代以前は、貴重なタンパク源として飼育する地域もあったみたいですよ。

和気清麻呂とイノシシ

また、人助けの実績もあって、和気清麻呂(わけのきよまろ)が大隅国(おおすみのくに)へ流される際に、300頭あまりの猪の大群が現れて、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)の差し向けた刺客から守ったとも言われています。

ちなみに、イノシシのメスは子どもと家族単位の群れを作るので、実際のイノシシも娘イノシシが一斉にウリ坊を生むと数十頭くらいの群れになることがあるみたいですよ。

和気清麻呂といえば、鬼滅の刃に関するイメージが多数見つかった神社「愛宕神社」に深く関わる人物です。

ちょっと注目なのは、鬼滅の刃でも重要な鍵として描かれる、藤の花とご縁のある人物なのです。

和気氏は弟彦王(おとひこおう)を始祖とする一族です。弟彦王は、第11代 垂仁天皇(すいにんてんのう)の皇子 鐸石別命(ぬてしわけのみこと)の曾孫にあたる人物です。

神功皇后(じんぐうこうごう)の三韓征伐の際に、反乱をおこした忍熊王(おしくまおう)を和気関で平定した功績で藤野県(現 岡山県和気郡)を与えられて土着するのですが、藤野の地は藤が咲き乱れる原野だったと伝えられています。

こうした歴史的背景から、岡山県和気町の藤公園は全国から集めた百数十種の藤の木が植えられていて、その藤棚は幅7m、総延長500mにもなるのだとか。

鹿児島県にある和気神社も、平成12年(2000年)に和気清麻呂公の没後1200年を記念して公の生誕地である岡山県の和気町から贈られた藤の花が有名。和気神社と和気公園に23種、100本の藤が植えられています。

花の時期はどちらも4月中旬~5月上旬にかけて。それぞれ例年「藤まつり」が開催されています。

どちらもかなりまとまった藤の花を見ることができるので、藤襲山の最終選別の雰囲気が味わえるかもしれませんね。新型コロナが落ち着いたら、ぜひ訪れてみたいスポットです。

古事記には山の神様として登場

古事記では、伊吹山にすむ荒ぶる神が、牛のように大きな白猪の姿で日本武尊命(ヤマトタケルノミコト)の前に現れる話が出てきます。

日本武尊命は、「たかが神の使いじゃないか、こんな雑魚、帰ってきてから退治したるわ」(意訳)とスルーするので、怒った山の神に散々苦しめられて、その生命を縮めることになってしまいます。

戦国時代になると、摩利支天(まりしてん)の眷属として、背中に摩利支天を乗せた猪が描かれるようになります。

摩利支天のイメージ

摩利支天というのは、常に日月天の前を疾行する陽炎を神格化した神様で、実態がないので敵から危害を加えられることがなく、進路を障害する災難や厄を除いてくれるということで、戦国武将から熱烈に支持されていました。

このように、山の神そのものや、神様の眷属として描かれてきた猪にとって、伊之助一人の面倒をみるくらい、なんでもなさそうですね(笑)

山の神様は美しいものが嫌い?

オコゼのイメージ

ちょっと、びっくりしますよね(汗)干したオコゼを描いてみました。

伊之助が腰に毛皮を巻いている姿は、山に暮らすマタギや、山伏にも似ています。山は山の神様が支配するところ。そのため、マタギには独特のマタギ文化があります。

山の神様は女の神様なので、とてもヤキモチ焼きと伝わっていて、そのためにマタギは猟で山に入る際には干したオコゼを持って行くという話が各地に残っています。

山の神様が「自分より醜いものがある」と言って喜ぶそうです。

伊之助がイノシシの頭を被って顔を隠すのも、山の神様がヤキモチを焼かないため… だとすると、ちょっと楽しいですよね。

山の神様の伝説に注目すると、イノシシのお母さんが死ぬときに、こんな遺言をしていてもおかしくないわけです。

「イノシシ・母」
私が死んでも皮となって山の神様からもお前を守ってあげるから、ずっと頭に被ってるんだよ。

でも、伊之助のことだから、そんな遺言も誤変換して理解した可能性がありますけど。

「伊之助の理解」
山の主の皮を被って、お前は山の王となれ!

…ありそうで怖い(汗)

それはともあれ。毛皮に関しては、マタギは防寒具として使うのが主ですが、山伏には宗教的な意味があります。

腰につけている毛皮は引敷(ひっしき・ひきじき)といって、文殊菩薩が獅子に乗っていることになぞらえたり、煩悩の象徴として、座ることで煩悩を制した姿にも解釈されていました。

使われる毛皮は鹿、うさぎ、たぬき、熊などで、岩や切り株などに腰掛けるときに座布団の役割をしてくれる便利アイテムでもあります。

山伏は山岳信仰から生まれた修験道の行者さんのこと。開祖は鬼を操ると伝えられる役小角(えんのおづぬ)です。

霊山で修行することで呪力を体得し、人々のために病気平癒、雨乞い、悪霊祓いなどの加持祈祷をしていましたが、明治時代になると、神仏分離令(1868年)、修験禁止令(1872年)が立て続けに出たこともあって、戦後に見直されるまで、一時、途絶えてしまった歴史があります。

この辺は陰陽道とも似てますね。

独自の「獣の呼吸」を身につけ、人並み外れたカラダの柔らかさを誇る伊之助の姿は、常とは異なる深山幽谷の験力を持った修験道と重なると見てよさそうです。

陰陽五行

ちなみに、猪で表現される干支の「亥」は、五行では「水」に属していて色は黒。炭治郎の羽織の色と同じカテゴリーに属する象徴です。

五行では同じ要素が重なるの関係は「比和」(ひわ)といって、ますます盛んになる状態。いい方向にいくときには、ますますよくなるといいます。悪い方向にいくときには、ますます悪くなるとされているので、両刃の剣みたいですが(汗)

ただ、この関係はとても興味深くて、羽織の色が相剋関係にある炭治郎と善逸は、鼓屋敷、那田蜘蛛山、無限列車と同じ場所に赴いてもいつも距離をとって戦っていました。

伊之助は3カ所とも炭治郎と連携をとって戦っていて、この辺は五行から見ても、とても興味深い描かれ方だと思います。

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