炭治郎の羽織の市松模様には、どんな意味がある?

炭治郎の格子柄

Tanjiro’s haori is a black and green checkered pattern. It has a very long history.
炭治郎の羽織は黒と緑の市松模様です。非常に長い歴史があります。

炭治郎の羽織は、黒と緑の市松模様です。格子模様の一種で、「石畳紋」といって、家紋にも使われている歴史のあるデザインです。

一見、なんでもないデザインのように見えますが、模様の意味や色の組み合わせを陰陽五行や昔の色名で見てみると、ちょっとおもしろい解釈が見えてきますよ。

古墳時代の祭文として残る格子模様

鳥装シャーマン

古くは古墳時代に遡り、鋸歯文(きょしもん)、渦巻・蕨手(うずまき・わらびて)、袈裟襷文・斜格子文(けさだすきもん・しゃこうしもん)とともに、埴輪の服、盾、銅鐸などにも施されていた祭文の一つで、とても歴史の古い模様です。

こうした祭文には、守護、鎮魂、豊穣、辟邪(へきじゃ)の意味が込められていたと考えられているそうですよ。

そんななかでも、ちょっと興味深いのは、清水風遺跡から出土した弥生時代の土器に描かれている「鳥装のシャーマン」です。上の図の左側の線画で描かれたものですね。

肩から腰にかけて鳥の羽根飾りのついたマントのようなものを身につけていると考えられていて、向かって左側に三角文、右側に斜格子文が描かれています。

奈良県の唐古・鍵考古学ミュージアムには、その衣装を着た人形が展示されていて、それが丁度、上の図の右側の絵の感じになります。炭治郎と善逸の羽織を足したようなデザインですね(笑)

五穀豊穣を願う儀式をしていたと考えられているので、鬼退治とは少し違う職種の人ですが…

でも、日輪刀に使われている「猩々緋」と名前のついた砂鉄や鉱石の意味を考えると、意外と無関係ではないのかもしれません。

修験道にもある石畳模様

「鬼滅の刃」の聖地とも言われている溝口竈門神社(みぞぐちかまどじんじゃ)は、1014年に宝満宮竈門神社(ほうまんぐうかまどじんじゃ)から勧請された神社です。最初、溝口地区の下(しも)にあったため、神様を上に移そうということで700年前に「新宮」が建てられ、これが鬼滅の刃の聖地となっています。

参考 明日はきせる祭です! | ちくてく新聞

勧請元の宝満宮竈門神社がある宝満山には、市松模様の装束を着た宝満山伏がいることでも有名ですよね。

市松模様が入っているのは鈴懸(すずかけ)と呼ばれる法衣(ほうえ)で、市松模様のものは「摺衣」(すりころも)といいます。「石畳模様」とか「大磐石模様」(だいばんじゃくもよう)といい、衣に石畳を刷り込むことで不動明王の座す岩を表しています。

修験道の本尊は大日如来で、衆生を教化するため姿を変えたのが垂迹神の不動明王と考えられているそうで、このため「山伏の修行はいつも不動明王とともにある」という考え方があるようです。

参考 宝満山と修験道 | 宝満山弘有の会

日本三大修験道場には出羽の羽黒山(はぐろさん)、熊野の大峰山(おおみねさん)、備前の英彦山(ひこさん)がありますが、主に羽黒修験の行者が着用しているみたいですよ。

「出羽三山神社」のホームページで紹介されている、インスタグラムやツイッターで写真を見ることができます。

参考 出羽三山参り | 出羽三山神社

管理人は伊之助が修験道に関係があるんじゃないかと見ているのですが、背中に修験者の背負う笈(おい)のようなものを背負っているし、もしかすると炭治郎も修験道に関係があると見ることができるのかもしれませんね。

大江山の鬼退治では、源頼光も修験者の格好をしていたみたいですし。

竈門家みんなで着ています

歴史の古い模様だけあって、寛文~元禄にかけて流行した「元禄模様」の一つです。当時の呼び方は修験道と同じく「石畳」。

現在は「市松模様」の呼び名が一般的ですが、この名前は、歌舞伎役者の佐野川市松(初代)が粂之助の役で袴に使って人気となったことがきっかけです。

公家の文化では石畳よりもっと細かいものは霰(あられ)とも呼ばれていました。

白黒、紅白など、2色の正方形が互い違いに並べられた永続性のあるデザインなので、「永遠」、「子孫繁栄」、「発展拡大」といった意味を込めた縁起柄として現在も人気のある模様です。

竈門家では、家族の服装のどこかで必ず使われているので、どちらかというと、氏族や一族を象徴したスコットランドのチェック柄の扱いに似てますよね。

継続性のある市松模様のデザインは、炭吉(すみよし)から始まるヒノカミ神楽を代々伝えてきた竈門家にぴったりの模様といえます。

五行から見る緑と黒

陰陽五行

そして色合いを見てみると、炭治郎の市松模様は黒と緑の組み合わせです。

この世界は「木」、「火」、「土」、「金」、「水」の5つの要素で構成されて、互いに影響しあっているされる古代中国の五行思想で見ると、黒は「水」を表します。

炭治郎は鱗滝さんの下で、水の呼吸の使い手として修行してきたのでぴったりですね。

緑は五行思想では「木」を表します。

太陽に向かって草木が枝葉を茂らせる姿から生命力を表しますが、近年ではエコロジカルな考え方の影響もあって、安らぎや自然そのものを表す色として重視されています。

水を表す黒と、安らぎを表す緑の組み合わせは、鬼にも思いやりの心を持つ炭治郎を表すのにふさわしい色といえそうですね。

さらに陰陽五行で見ると、善逸や伊之助とは興味深い組み合わせになるみたいですよ。

これは別記事にまとめているので、こちらの記事を参考にしてみてくださいね。

「緑」は「あを」、「黒」は「月」?

ただ、「鬼滅の刃」では、たびたび月に痣のような模様が印象的に描かれています。

こうしたことと関連しているとすると、「黒」は「月」を表す色と考えることもできそうです。

民俗学では村武精一という方が、「南島文化では,赤が男性神で太陽を,黒は女性神で月の表象を持っている」と指摘していて、民俗学的にも「月=黒」は無理のない発想になるみたいなんですよね。

参考 色のフォークロア研究における諸前提 小林忠雄 | 国立歴史民俗博物館学術情報リポジトリ

そして、緑は…

緑はかなり困った色になります。

というのも、古くは万葉集にも見られる習慣で、緑色に見えるものを「あを」(青)と呼ぶことがあるんですね。これはつい最近まで日本人に残っている感覚です。

例えば信号も、緑色に近い色なのに「青信号」と呼んでいますよね。

ジェームス・カーティス・ヘボンによって編纂された「話英語林集成」(明治5年)には、こんなふうに掲載されているのでわかりやすいですよ。

aoi ⇒ light green or blue
blue ⇒ aoi
midori ⇒ green color
green ⇒ aoi; midori

“aoi”は「明るい緑」もしくは「青」、”green”は「青い」または「緑」と説明されています。どちらも「青」と「緑」の要素が含まれていることがわかります。

「角川 新版 古語辞典」で確認すると、「あを」は「『顕 しろ』に対する『漠 あを』という光の感覚に由来するという」として、「晴れた空や深い海などのような色」と説明されていて”blue”(青)を表すと説明されているのですが、「上代ではその指す範囲は広く、藍・緑から黒・白に近いところにまでおよぶ」として、古い言葉の場合はかなり広い範囲の色を表すとしています。

まあ、青汁などは、かなり濃い緑色なのに「青」と言ってるわけですよね(汗)

つまり、青汁並の感覚で言ってしまえば、炭治郎の羽織は「青と黒の組み合わせ」と言ってもいいわけです。

炭治郎の羽織の色が表すものは「青」と「月」、だとすると…。

当ブログでは「鬼滅の刃」に出てくる「青い彼岸花」は月と関係があるのではないかと見ているのですが、炭治郎の羽織も、月の影響を受けた彼岸花「青い彼岸花」を暗示している… と、考えてもいいのかな(汗)

よりによって、どうして炭治郎の羽織は「緑」が選ばれてるんでしょうね。そして、青い彼岸花は、どうして「青」なんでしょう。困ったものです。

ただ、もしかすると、炭治郎と青い彼岸花が、直接、何か関係があるといった話ではなくて、青い彼岸花も、緑と黒の羽織も、単に「月の影響を受けている」ということを象徴的に表しているだけなのかもしれませんけどね(汗)

月の影響に関しては、こちらにも記事があります。よかったらこちらも覗いてみてくださいね。

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