炭治郎は鱗滝さんから巨大な岩を斬るという課題を与えられました。
In the old days, samurai sometimes cut big rocks with a sword to fortune-telling their luck. But, there was a shimenawa on the huge rock imposed on Tanjiro.
昔、武士は大きな岩を刀で切って運勢を占うことがありました。でも、炭治郎に課せられた大岩には注連縄(しめなわ)がありました。
(この記事は、第1巻のネタバレを含みます)
炭治郎が鬼殺隊に入るためには、藤襲山で行われる最終選別で生き残らなければいけません。
ただ、その最終選別を受けていいかどうかを決めるのは、育手の鱗滝さんで、炭治郎に出された試練は大岩を斬ることでした。(第1巻 4話)
大岩を刀で斬るというのはすごく印象的ですよね。しかも注連縄を張った大岩なので、とても神聖なものを感じさせます。
そもそも岩って斬れるの?
日本刀の原料となっている鋼鉄は、炭素を含むことで高い硬度を持った鉄の一種です。
意外と古くから「石を切る」とされる刀は存在していて、岩捲(がんまく)派の刀工が作刀したものは「よく斬れる刀」として有名で、「石切」(いしきり)というニックネームがあります。
長曽祢虎徹(ながそねこてつ)という刀工のものには、「石燈籠切」と試し銘の入った刀があって、試し切りで庭木の枝を切った際に、勢い余って下にあった石燈籠の笠石まで切り落としたという伝説があります。
ただ、岩捲は乱世に作刀されたものが多く、ほとんどは戦で消耗されたため残っていません。石燈籠切は、目釘孔の数や試し銘の位置から、実際は伝説と話が合わないところがあるようです(汗)
とはいえ、岩や岩盤には「目」と呼ばれる「石が割れる方向」があるそうですよ。人力で石を切り出す際は、こうした目にそって矢穴を彫り、楔を打ち込んで割っていきます。
この「目」の部分に刀が入って、刀身が折れなければ割れないことはないという感じになるようですが… でも、岩が大きいと、ちょっとどうでしょうね(汗)
岩を斬る話は、試し切りだけではない
石や岩を斬ったという伝説もいろいろ残っていて、平家が都落ちしていく際にはいろいろな伝説があるようです。
武運を占うためにお地蔵様の首を刀で切り落としたと伝わる「首なし地蔵」や、道端にあった大岩に切りつけたと伝わる「刀石」です。
参考 広島県山県郡安芸太田町・宇井坂峠の地蔵堂
参考 広島県福山市沼隈町の平家伝説
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際には、必勝を祈願して大岩に槍を突き立てたという話もありますよ。
参考 佐賀県・田島神社の太閤石
大岩を割った話としては、柳生宗厳(やぎゅうむねよし)にも伝説があります。
剣術修行で、天之石立神社(あまのいしたてじんじゃ)に籠もっていたときのこと、現れた天狗と果し合いとなって切りつけたところ、天狗の姿は消えて、後に真っ二つに割れた巨岩が現れたといいます。
この岩、天照大神(アマテラスオオミカミ)の岩戸隠れの伝説で、天手力男神(アメノタヂカラオ)が投げた岩戸がここまで飛んできたと伝わるだけあって、かなり大きなものみたいですが、まるで炭治郎と錆兎(さびと)のような話です。
柳生宗厳はこのとき剣術の極意を得たそうで、柳生新陰流の創始者となっています。
参考 奈良県奈良市・天之石立神社の一刀石
このように武術を極めたり、武運を占ったりする際に、武士が岩に挑むという光景は古くからあったようです。
注連縄には、どんな意味がある?
ただ、炭治郎が挑んだ大岩には、注連縄が張り巡らされていました。
最終選別へ向かうために大岩を斬るだけなら、別に注連縄なんていらないんじゃないでしょうか? では注連縄には、どんな意味があるのでしょう?
注連縄の基本的な意味は、「神域」と「外界」を隔てるための印です。
天の岩戸に隠れていた天照大神が現れた後、再び中へ戻らないように、待ち構えていた天太玉命(アメノフトダマノミコト)が縄を張って戸口を塞いでしまうのですが、このときの縄が「尻久米縄」(しりくめなわ)といって、注連縄の始まりとされています。
注連縄には「雷雲を表している」という雷説の他に、「無限大の神威を表している」という神威説もあって、雷光のようなジグザグの白い紙(紙垂・かみだれ)は無限大を表しているとも、神の降臨を表しているともいわれています。
古事記には、大岩がよく登場します
大岩のことを改めて見てみると、古事記で紹介される神話には、「境界を塞ぐもの」として度々登場していることがわかります。
例えば、天照大神の岩戸隠れの伝説に出てくる「天岩屋の戸」(あめのいわやのと)がそうですよね。
伊弉諾尊(イザナギノミコト)が黄泉国(よもつくに)から逃げ帰る際には、後を追いかけてきた伊邪那美命(イザナミノミコト)を阻むため、葦原中国(あしはらのなかつくに)と黄泉国(よみのくに)の境界である黄泉比良坂(よもつひらさか)を、「千引石」(ちびきのいわ)で塞いでいます。
そして、「出産するところは見ない」という約束を火遠理命(ホヲリノミコト)に破られた豊玉毘売(トヨタマヒメ)は、海の道を塞いで、綿津見神之宮(わたつみのみや)がある常世の国(とこよのくに)へ帰ってしまいます。
豊玉毘売が何で道を塞いだのか、古事記には明記されていませんが、葦原中国と、常世の国の境には、「海坂」(うなさか)という境界があるとされているので、やはり大岩が使われていそうです。
こんなふうに、大岩を神域の境界として見るのはちょっと興味深いですよ。
鱗滝さんによると、剣士を育てる育手はそれぞれの場所、それぞれのやり方で剣士を育てているそうで(第1巻 4話)、大岩に関しては、炭治郎だけでなく、錆兎も「岩を斬っている」と言っていました。炭治郎だけの試練じゃないんですね。(第1巻 5話)
ということは、鱗滝さんが教える水の呼吸では、岩を斬ることで鍛錬は完成するようです。
豊玉毘売の神話では、火遠理命は海の神の娘である豊玉毘売と結婚することで水を操る力を得て、その力で稲の実りをもたらしたとして信仰を集めているそうで、この神話は水の呼吸とも相性がよさそうです。
参考 NHK「超体感!ニッポン創世 神々の道をたどる~出雲・日向 神秘と絶景の参詣道~」
火遠理命といえば、海の神からもらった潮の満ち引きを支配する塩盈珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおひるたま)が有名ですが、この2つの珠を授かる前に、こんな約束が交わされています。
然して其の兄、高田を作らば、汝命は下田を営りたまへ。其の兄、下田を作らば、汝命は高田を営りたまへ。然為たまはば、吾水を掌れる故に、三年の間、必ず其の兄貧窮しくあらむ。
それから、お兄さん(火照命・ホデリノミコト)が高い土地に田を作れば、あなたは低い土地に田を作りなさい。お兄さんが低い土地に田を作れば、あなたは高い土地に田を作りなさい。そうすれば、私は水を操ることができるので、三年もすれば必ずお兄さんは貧しくなり苦しむことでしょう。
水を操る力というのは、海の神様の加護を受けることなんですね。
では、水の呼吸の技の中には、海に関するものってあったでしょうか。試しに、技の名前を書き出してみると…
壱ノ型 水面斬り(みなもぎり)
Second Form: Water Wheel
弐ノ型 水車(みずぐるま)
Third Form: Flowing Dance
参ノ型 流流舞い(りゅうりゅうまい)
Fourth Form: Striking Tide
肆ノ型 打ち潮(うちしお)
Firth Form: The Merciful Rain Of A Dry Day
伍ノ型 干天の慈雨(かんてんのじう)
Sixth Form: Swirling Vortex
陸ノ型 ねじれ渦(ねじれうず)
Seventh Form: Piercing Rain Drop
漆ノ型 雫波紋突き(しずくはもんづき)
Eighth Form: Waterfall Basin
捌ノ型 滝壺(たきつぼ)
Ninth Form: Water Splash
玖ノ型 水流飛沫(すいりゅうひまつ)
Tenth Form: (The Changes Of Life) The Dragon Of Change
捨ノ型 生生流転(せいせいるてん)
「肆ノ型 打ち潮」が海に関するものかな。一つだけなんですね。ちょっとがっかり。
でも、義勇さんオリジナルの拾壱ノ型は「凪」。英語の表記では”Eleventh Form: Dead Calm” となるようです。
凪は、風がやんで波がなくなり、海面が静まることを意味します。沿岸部では、日中は海から陸へ吹いていた風が、夜になると陸から海へと風向きが変わるのですが、その入れ替わりの瞬間、風が止むことを凪と言ったりします。
ともあれ、これも海に関する技の名前なんですね。これで少しは関連があると言ってもいいかな(汗)
神話では、豊玉毘売によって海の道は塞がれてしまいますが、結界となる岩を刀で斬ることで、神の域へ到達することを象徴していると考えるなら、大岩に注連縄が掛かっていてもおかしくないですよね。
そんなふうに古事記の物語と重ねると、炭治郎の使う水の呼吸って、ちょっとすごいものに見えてきます。
ちなみに海に関しては、義勇さんのほうが関連が深そうですよ。