鬼の禰豆子はなぜ強い? 瀬織津姫と橋姫伝説に見る理由

平等院周辺

The image of Taira no Masakado can be superimposed on Kyojuro Rengoku. His younger brother, Senjuro, has the image of a salisbury.
煉獄杏寿郎には平将門のイメージを重ねることができます。弟の千寿郎にはサルスベリのイメージがあります。

And from the pond of Byodoin Temple, pollen of crape myrtle from the Masakado’s period has been discovered.
そして、平等院の池からは、将門時代のサルスベリの花粉が発見されています。

Byodoin Temple seems to have a hints to understand “Demon Slayer”.
平等院には、「鬼滅の刃」を理解するためのヒントがありそうです。

In this article, I focus on the legend of Hashihime near Byodoin Temple.
この記事では、平等院のそばにある橋姫伝説に注目して考察しています。

(この記事は、第1巻、第5巻、第8巻、第12巻のネタバレを含みます)

別記事にまとめたように、サルスベリの花粉から平将門のイメージにつながる平等院は、鬼滅の刃に関連するものが隠れていそう… ということで、平等院周辺で気になる所を地図にマークしてみました。

平等院のある宇治は、都のすぐそばにあるのに山と川が作り出す景観が美しく、「源氏物語」の「宇治十帖」の舞台にもなっています。

当時からすでに人気のある場所だったみたいですが、社会が安定した江戸時代になると、旅行がブームになって各地に名所が生まれ、宇治もそんな名所の一つとして発展していきます。

古くからある寺社仏閣に加え、「宇治十帖」に関連する古跡が名所として人気を集めていました。今でいうアニメの聖地巡礼の元祖ですね(笑)

夏は蛍狩や鮎取り、渇水期に現れる亀石などの奇石が人気で、川岸には茶屋(旅館)、料亭、船宿が集まり、名産の鮎や鰻といった川魚も楽しめるようになります。鰻好きの善逸が大喜びしそうです。(ファンブック第一弾 38頁)

意外ですが、鬼伝説に関連する名所もあるんですよ。それが橋姫伝説です。

この記事では、橋姫伝説にまつわる橋姫神社と宇治橋に注目してまとめてみます。

宇治橋に伝わる、鬼神伝説と橋姫神社

柳橋水車

橋姫伝説は、源氏物語「第四十五帖・橋姫(はしひめ)」の中で、薫君(かおるのきみ)の詠む歌にも出てくる鬼伝説です。

橋姫というのは橋姫神社に祀られている神様のことで、その由緒によると、創建は大化2年(646年)。飛鳥時代初期の頃のこと。

元興寺(がんごうじ)の僧 道登(どうとう)が孝徳天皇の許しを得て宇治川に橋を架す際に、上流の櫻谷に鎮座されていた瀬織津比咩(セオリツヒメ)を橋の上に祀って鎮護を祈ったのが始まりといいます。

社殿が設けられていたのは、西詰から3つ目の柱の間にある上流側に張り出した「三の間」の部分。

橋の上に祀られているため度々洪水で流されていたようですが、明治3年(1870年)9月の洪水で流されたのを機に、現在の場所に再建されました。

三の間の下を流れる水は「三間の水」(さんのまのみず)といって山城の名水とされ、「都名所図会」(安永9年)によると、「瀬田の橋下、竜宮より湧き出づる水、このところへ流れ来るなりと。また一説には、竹生嶋弁才天の杜壇の下より流れ出づるといふ。」と紹介されています。

豊臣秀吉が伏見にいたときは、三の間から汲み上げた水を茶事などに使っていたという話もあるようです。

天照大神の荒魂「瀬織津姫」

瀬織津姫は天照大神(アマテラスオオカミ)の荒魂(あらみたま)とも考えられている神様で、神道では大祓詞(おおはらへのことば)に出てきます。

 

高山乃末短山乃末與里 佐久那太理爾 落多岐都 速川乃瀬爾坐須 瀬織津比賣登云布神 大海原爾 持出傳奈牟

高山の末(たかやまのすえ)、低山の末(ひきやまのすえ)より、佐久那太理(さくなだり)に、落ち激(たぎ)つ速川(はやかは)の瀬に坐(ま)す、瀬織津比売(せおりつひめ)といふ神、大海原に持ち出でなむ。

高い山の頂や低い山の頂より、滝のように急に下り落ち、沸き立ち、激しく流れる川の浅瀬にいらっしゃる瀬織津比売という神様が、(日々生まれ増えていく人々が過ち犯した天つ罪、国つ罪など、多くの罪を祓い清めるために)大海原に持ち出されるだろう。

 

荒魂(あらみたま)
霊魂には「荒魂」と「和魂」(にぎみたま)という、大きく分けて2つの異なる作用があるとする神道の考え方です。「荒魂」は「荒く猛々しい働き」が強く作用している状態で、「和魂」は「穏やかな働き」が強く作用している状態をいいます。神が祟りを及ぼしたり、天変地異が起こったりするときは、「荒魂」の働きによるものと考えられています。

この異なる働きは一つの神格として働きますが、どちらかの働きが単独の神格として働くこともあります。和魂としての天照大御神と、荒魂としての瀬織津姫がそうです。

神社では和魂と荒魂を別々にお祀りするケースがあるようで、例えば宮中の賢所では天照大御神の和魂のみを御祀りして、これに応じる荒魂は兵庫県西宮市の廣田神社に御祀りしています。

和歌の世界の橋姫伝説

このように、町と外部の境界である「橋を守る神様」だった橋姫ですが、和歌の世界では夫の帰りを待ち続ける女性の喩えとして表現されていました。
 

さむしろに 衣かたしき こよひもや 我をまつらむ うぢのはし姫
筵に衣の片袖を敷いて、今宵もわたしを待っていることだろう、宇治の橋姫は
(「古今和歌集」巻第十四恋歌四)(平安時代中期)

 

京の都は男性を象徴する世界宇治は女性を象徴する世界、さらに2つの世界を宇治川が隔てていると見立てて、男女が心を通わせる様子を歌に詠むのでこんな解釈になるようです。

そして、心を通わせる象徴が宇治橋になります。「源氏物語」では薫の君が、こんなふうに歌を詠みます。

 

宇治橋の 長き契は 朽ちせじを 危ぶむ方に 心騒ぐな
長い歴史を持つ宇治橋のように、永遠の誓いは朽ちることはないので、不安に思って心配なさらないでください
(「源氏物語」第四十五帖 第三章 第五段 3行)

 

そして、不安に揺れる浮舟は、こんなふうに歌を返します。

 

絶え間のみ 世には危うき宇治橋を 朽ちせぬものと なほ頼めとや
絶え間ばかりが気がかりな宇治橋なのに、朽ちないものとして、なお頼りにしなさいとおっしゃるのですか?
(「源氏物語」第四十五帖 第三章 第五段 6行)

 

薫の君が永遠だと詠む宇治橋も、実際は洪水で度々流されているわけで、男性から顧みられなくなった女性の気持ちを通れなくなった宇治橋に重ねた歌は「古今和歌集」にも収められています。

浮舟が歌に詠む不安は、彼女に限られた特別なものではなかったようです。
 

わすらるる 身をうぢはしの 中たえて 人もかよはぬ 年ぞへぬれば
恋人に忘れられた身はつらいもので、仲が絶えたまま、通う人もなく月日が過ぎてしまいました
(「古今和歌集」巻第十五恋歌五)

 

こうした歌の世界は、実は鬼滅の刃にも通じるところがあるようです。

傷の治りも遅く、失った手足が元に戻ることもない(第1巻 4話)人の身で、永遠不滅の思いをつないできた鬼殺隊は、京の都が象徴する長い歴史に支えられた世界に属するもの。

切り落とされた肉も繋がり、手足を新たに生やすことも可能(第1巻 4話)なのに、変化を嫌い、完璧な状態で永遠に変わらない(第12巻 98話)ことを望む無惨様は、宇治が象徴する不安定なつながりに心惑わせる世界に属するもの。

そんなふうに見ることができるかもしれませんね。

自ら鬼神となった橋姫伝説

和歌の世界では儚げで女性的な橋姫ですが、民間の伝承になると少し様子が変わってきます。

境界を守る「道祖神」や「塞の神」(さいのかみ、さえのかみ)としての性格のためか、橋姫のご利益は「悪縁を絶つに霊験あり」(橋姫神社の由緒より)と伝えられ、「平家物語」(鎌倉初期)の「剣巻」(つるぎのまき)では鬼神として登場します。

 

満仲の子 摂津守頼光(源頼光)の代になると、不思議なことが多くなりました。

第一の不思議は、しばしば人の行方が知れなくなることでした。それも死ぬのではなく、それまで多くの人とともに座敷にいた者が、忽然とかき消すようにいなくなるのです。どこへ行ったのか、どこにいるのか、さらにわからない。

身分の高い者から下々の者にいたるまで、恐れ、動揺して、生きた心地もしませんでした。

事の次第を詳しく調べると、嵯峨天皇の御代に、ある公卿の娘が嫉妬のあまり貴船の社に詣で、七日間籠もって、妬ましい女を取り殺すために生きながら鬼神となすよう祈ったため、明神は不憫に思ったのか「誠に鬼となりたくば、姿を改め、宇治の河瀬に赴き、三七日(さんしちにち、3×7=21)の間、水に漬かりおれよ。」との御告げがあったといいます。

公卿の娘は都に帰り、人のいない所で、御告げにあったとおり、長い髪を五つに分けて五つの角(つの)を作り、顔は朱で染め、体には丹(に)を塗り、頭には鐵輪(かなわ、五徳)を戴いて、その脚に火を燃やし、両端に火をつけた松明を口にくわえて、夜更けを待って大和大路を南へと走り、二十一日の間、宇治川の水に漬かって、思いどおりに生きながら鬼となりました。

宇治の橋姫というのは、これでありましょう。

生きながら鬼となったこの女は、妬ましい男女をはじめ、一族縁類(いちぞくえんるい)思うがままに取り殺したといいます。

 

参考 新訳平家物語 下巻(コマ番号197~198) | 国立国会図書館デジタルコレクション
参考 平家物語 剣の巻 第1軸(コマ番号9~13) | 国立国会図書館デジタルコレクション

 

貴船神社には、丑三つ時に藁人形に釘を打って呪いをかけるという「丑の刻参り」の原点があると言われるだけあって、壮絶な願掛けですね(汗)

 

丑の刻参り
貴船神社には、太古、丑の年丑の月丑の日に貴船山の鏡岩に神霊がご降臨されたという伝説があり、そのとき陪従(べいじゅう、お伴)して降臨した牛鬼という神様がいたと伝えられています。貴船神社の末社に牛一社(ぎゅういちしゃ)があり、現在の御祭神は木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)ですが、古伝によるとここに牛鬼が祀られていたといいます。

丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻に参詣すると、心願成就すると伝わる丑の刻参りは有名です。

橋姫伝説は、大江山の鬼退治につながっていく物語

一条戻橋、衣笠山、愛宕神社(地図)

「平家物語」では、鬼になった橋姫の話から、一条戻橋に現れた鬼の話へとつながっていきます。

鬼と出遭うのは、鬼退治で有名な渡辺綱(わたなべのつな)。源頼光(みなもとのよりみつ)の家来で、四天王の筆頭に数えられる人物です。

頼光に任された使命を果たした綱が夜遅く戻ってきて一条堀川の戻橋を渡りかけたとき、伴の者もつけずに佩帯の袖に経を持った美しい女が一人で歩いているのに出会います。

女は「私は五条まで行く者だが、夜更けに心細くてならないので、送っていってほしい」と言います。

綱は女を馬に乗せてやり、正親町(おおぎまち)近くまで来るのですが、今度は「実は五条には大した用はありません。私の住処は洛外なのですが、そこまで送っていただけませんでしょうか?」と聞いてきます。

綱が「どこでもお送りいたしましょう」と答えると、女は見る間に鬼の姿になって「いざ、我が行く先は愛宕山ぞ」と言いながら、綱の髻(もとどり)をつかんで引っさげ、乾の方へ空高く飛んでいきます。

綱は少しも騒がず、夜遅い使いの用心にと主人から授けられていた髭切の名刀をさっと抜いて、鬼の手をふつと斬ると、綱の体は北野天満宮の廻廊(かいろう)の上へどうと落ち、鬼は手を斬られながら愛宕山へ飛んで逃げて行きました。

戻橋に現れた鬼は「女」としか表現されませんが、これはやはり橋姫でしょうか。

橋姫が鬼になるとき、五つの角に五つの火(鐵輪の火3+口に咥えた松明×2)と、陰陽道の五芒星を思わせる表現が出てきました。

この後、戻橋の怪異に対応するために安倍晴明が呼び出されるのですが、晴明が使う印の一つが五芒星です。物語として何かつながるところがあるのかもしれませんね。

愛宕山は元々朝日峰(あさひみね)と呼ばれる山の一部で、古くから死霊を迎える霊山だった場所。一条戻橋は洛外の埋葬地まで野辺送りの行列が通る場所でした。戻橋の鬼は、こうした文化的な背景から愛宕山へ向かったのかもしれません。

でも、愛宕山は、炭治郎にイメージが重なる愛宕神社があるんですよね。

「鬼滅の刃」に橋姫伝説を重ねてみると、鬼滅の大きなテーマである「鬼退治」と、火の神を祀る「愛宕神社」を指し示す物語と解釈することができそうです。

橋姫と重なる鬼滅のキャラクターは禰豆子かも

水面に浮かぶ月

橋姫は鬼になることを自ら望んで、神仏によってその願いを叶えた人物でした。

この橋姫ですが、もしかすると禰豆子と重ならないでしょうか? もちろん、禰豆子の場合は「鬼になった」のではなく、「鬼にされた」わけですが。

でも橋姫伝説に重ねてみると、「鬼になった」可能性が出てきそうです。それも、無惨様のつくる鬼とは別の鬼に。

無惨様に襲われて、自分も大怪我をしながら、最後に禰豆子が強く思うとしたら、目の前の六太や家族を守りたいという願いだったと思うんですよね。

人の身では叶わない想いですが、人以外の者になったとしたら…。

月の神≒山の神が、「平家物語」に出てくる明神様のように、「之を不憫と思召して」(これを不憫とおぼしめして)禰豆子を鬼にしたのだとしたら…。

願いが叶わないまま鬼になってしまったとしたら、なんとも残酷な話です。

漫画の中に明神様が現れるわけではないのでわかりませんが、でも「禰豆子は、本当に無惨様だけの影響で生まれた鬼だったのか?」というところは怪しくなってきそうです。

禰豆子に見える、鬼にならない要素

考えてみると、禰豆子の名前には、鬼にならない要素がいくつかあります。

禰豆子の名前は「ネズコ」と読みますが、木曽五木の一つに「ネズコ材」があり、音が一致しています。

ネズコ材は虫に侵される事が少なく、防湿性が強いため、神社などの什器(器具、備品)を保管する箱に使われたりするようです。

人を鬼にする無惨様の力にも対抗できそうですよね。

そして、漢字で書く時に含まれる「豆」にも意味がありそうです。

昔、鬼ごっこをやったとき、「お豆さん」というのがいませんでしたか? 地域によっては、「みそっかす」とか「ごまめ」といった言い方をすることもあるようです。

鬼ごっこで、皆より小さな子や体の弱い子が混ざるときに与えられる特別ルールで、鬼に捕まっても鬼にならなかったり、何度か捕まらないと鬼にならないため、体力がないなどのハンデキャップがあっても一緒に鬼ごっこが楽しめるという工夫です。

もしも禰豆子の名前にある「豆」が「お豆さん」の「豆」だとしたら、「鬼にならない」キーワードが2つも重ねられていることになります。

第5巻 39話でも、塁が「独特な気配の鬼だな… 僕たちとは何か違うような」と感じているところも気になります。

瀬織津姫・橋姫と禰豆子の共通点

改めて禰豆子と橋姫を比べてみると、禰豆子は竹をくわえていて、橋姫は両端に火のついた松明をくわえています。どこか共通するものを感じさせますよね。

そして瀬織津姫にも禰豆子と共通するものがありそうですよ。

瀬織津姫は、伊勢国(いせのくに)の山の神「鈴鹿権現」に姿を変えて、鬼退治をしているのです。

この伝説を表現しているのが祇園祭の山鉾「鈴鹿山」で、山鉾の御神体は瀬織津姫です。

着物の右肩を脱ぎ、金の烏帽子に朱色の鉢巻を締め、左手に大長刀(おおなぎなた)、右手に中啓(ちゅうけい)を持った凛々しい姿。山洞には鬼の首を表す赭熊(しゃぐま)が掛けられています。

 

中啓
中啓は、公家や武家、神社などで用いられる扇の一種。儀式用なので扇子のように開いたりせず、閉じたまま使います。

親骨の上部が外に反っているのが特徴で、「啓」は「ひらく」、「あける」の意味があり、中啓は畳んでも半分開いたように見えるのでこの名前があります。

仏像を拝むときや人との間に置いて、へりくだって自分が一段下がった位置にいることを示す結界の代わりに用いたりするようで、現在でも茶道で使う茶扇で似たような使い方をするようです。

赤熊、赭熊
ヤクの尾の毛を赤く染めたものや、それに似た赤い髪の毛のこと。払子(ほっす)や、かつら、兜の飾りなどに用いられます。

 

魘夢も「鬼狩りに与する鬼なんて、どうして無惨様に殺されないんだ」(第8巻 62話)と言っていましたが、無惨様に対抗するだけの力を持ち、鬼と互角に戦って人を守ることができるのも、こうした瀬織津姫のイメージが重ねられているとしたら納得ですよね。

当ブログでは、禰豆子が鬼化するときにかかる時間や免疫の面から見た考察もあるので、よかったらこちらも覗いてみてくださいね。

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