二人目の桃太郎、嘴平伊之助の考察

2人の桃太郎のイメージ

Inosuke is an unpredictable person. But the dream that Inosuke had on the infinite train gives us a hint to guess what he is.
伊之助は何をしでかすかわからない人です。でも、無限列車で伊之助が見ていた夢は、彼が何者か推測するヒントを与えてくれます。

There seems to be an interesting image hidden in the character of Inosuke.
伊之助のキャラクターには、興味深いイメージが隠されているようです。

(この記事は、第3巻、第4巻、第7巻、第8巻、第9巻、のネタバレを含みます)

鬼滅の刃 第7巻に出てくる魘夢は、血鬼術で人の夢を操ります。このときに、その人が見ている夢や無意識領域の様子は、物語を理解するうえで参考になる、いろんなヒントが隠れているみたいですよ。

特に伊之助の見る夢は、主要メンバーの人物像につながる手掛かりがありました。

炭治郎、禰豆子、善逸については、こちらの記事を覗いてみてくださいね。

では、伊之助自身はどんな姿が読み取れるのでしょう?

洞窟でつながる伊之助と稚武彦命(ワカタケヒコノミコト)

伊之助が見るのは、ポン治郎、チュウ逸、ぴょん子を子分に従えて洞窟を探検する夢です。

一見、伊之助らしい無邪気な夢にも見えるのですが、四国には洞窟を舞台に展開する昔話の主人公がいるんですよね。

それは、桃太郎。

桃太郎というと、船に乗って鬼ヶ島へ向かうのが定番ですが、讃岐(香川)に伝わる桃太郎は、洞窟へ向かうのです。

讃岐版・桃太郎のモデルは、稚武彦命といわれています。古事記では若日子建吉備津日子命(ワカヒコタケキビツヒコノミコト)といって、第7代 孝霊天皇の第8皇子です。

お兄さんは中国地方に伝わる桃太郎のモデルにもなったとされる、吉備津彦命(キビツヒコノミコト)。古事記では大吉備津日子命(オオキビツヒコノミコト)と呼ばれていて、孝霊天皇の第3皇子。四道将軍の一人です。

稚武彦命はお兄さんとともに山陽道から吉備国(岡山)を平定した後、讃岐地方へ向かいます。

この地には、先にこの地域の農業開拓に関わっていたお姉さんの倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)、古事記では夜麻登登母母曾毘売命(ヤマトトモモソヒメノミコト)がいて、鬼の出現に悩まされていたからです。

この鬼は瀬戸内海の島々を拠点とする海賊のことで、戦局が悪くなると本拠地としていた島の洞窟へ逃げ込んだので、戦いの場は海上戦から洞窟内にまで及びます。

一旦は稚武彦命側の勝利で収まるのですが、残党が集結して再度攻めてきたため、木津川一帯が戦いの場となりました。

最終的に鬼は討伐されて壊滅。

鬼たちの屍を埋めた場所は「鬼が塚」と呼ばれ、鬼がいなくなったことから、後にその地域は「鬼無」(きなし)と呼ばれるようになったと言われています。

こうした話がモデルになっているので、讃岐の桃太郎は洞窟へ鬼退治に向かうんですね。

この桃太郎伝説は、それまで菅原道真公が地元の漁師から聞いた話をおとぎ話にしたと伝わっていたようですが、桃太郎伝説を体系化した郷土史家の橋本仙太郎さんが、昭和5年に女木島(めぎじま)で洞窟を発見したことから、「鬼ヶ島の洞窟だ!」と盛り上がり、昭和6年には観光地・鬼ヶ島として整備されています。

伊之助の夢に出てくる洞窟が、この鬼ヶ島の洞窟だとしたら、炭治郎も桃太郎(吉備バージョン)で、伊之助も桃太郎(讃岐バージョン)ということになるわけで、第4巻でやたらと突っかかっていたのは、同じ桃太郎同士だったからなのかもしれません(笑)

このときの伊之助の言動を振り返ってみると、「隙きを見て勝つ」(第4巻 27話)というより、張り合っている感じに見えますよ。

見たかよ!!
お前にできることは、俺にもできるんだぜ!!
(第4巻 30話)

お前にできることは俺にもできるんだからな
もう少ししたら、俺の頭もお前の頭より硬くなるし、それからな…
(第4巻 32話)

最終的に、伊之助は炭治郎の石頭も目指していたみたいですね。そこは無理に真似しなくてもいいのに。

伊之助の名前からわかること 伊之助の「伊」

では、伊之助の名前は、どんなものを表しているのでしょう?

伊之助の「伊」の字を「角川 漢和中辞典」で見てみると、解字には「物事をおさめること、また、その人」とありました。

一文字だけで人物を表しているんですね。しかも親分になるならぴったりですよ。

字義はこんな感じで、こちらは、あまりはっきりしたイメージはないような…。

1. これ。この。
2. かれ。かの。
3. ただ。これ。
4. よる(因)
5. ふさぐ
6. 川の名

でも、「(中国の)川の名前を意味する」という部分を見ると、「伊」は水に関わる文字といえそうです。そういえば、伊之助が頭に被っている「猪」は、陰陽五行では「水」を表す要素がありました。

そういえば、伊之助が初めて登場する第4巻のカバー折返しの模様も、水が流れるような流線のモチーフでしたよね。

ともあれ、猪の「い」の音も入っているし、水に関わる文字なら伊之助にぴったりです。

ちなみに「猪」は、炭治郎や善逸と重なるイメージが見つかった、愛宕神社とも縁のある動物です。

愛宕神社の使いは、「鳶」と「猪」。神社の本殿を飾る彫り物や、鳥居の柱の部分には、猪の彫刻が施されています。

「京都民俗志」によると、桓武天皇の命により都を定める際に、和気清麻呂が愛宕山に登って軍事上の用地としたため、山を開いた恩人として社内に護国神として祀っているそう。これにちなんで神使も猪にしたそうです。

愛宕神社の「猪」は、この他にも諸説あるようですが、和気清麻呂公の影響が大きいみたいです。現在も奥の院の護王社には、和気清麻呂公が祀られています。

やっぱり「鬼滅の刃」は愛宕神社と重なるイメージが多いですね。

伊之助と摩利支天

摩利支天のイメージ

この他、「猪」は摩利支天のイメージにも重なりそうです。

まだ4巻くらいしか読んでいなかったころ、伊之助が羽織を着ていない理由は「野生児だから」と思っていた管理人ですが、全巻を通してみると、伊之助にはこんな特徴が見えてきました。

・人並み外れて関節がやわらかいので、頭さえ入ればどこでも行ける(第4巻 26話、第9巻 78話、第9巻 94話、第18巻 159話)

・感覚が鋭く、視線や殺気に敏感で、どの角度からも察知して躱すことができる(第8巻 62話、64話、第9巻 72話、第9巻 79話

かなり人間離れしてますが(汗)このイメージに重なりそうな神様が「摩利支天」(マリシテン)です。

摩利支天は古代インド神話の暁の女神ウシャスや、「威光」「陽炎」を神格化したインドの女神マーリーチが起源とされていて、猪に乗って常に日天や月天の先を進み、進路の障害となる災難や厄を除くことができるとされています。

陽炎のように実体のない隠形の身であるため、日天や月天でさえ、その姿を見ることができません。実体がないので、捕らえることも、焼くことも、濡らすことも、傷つけることもできず、他から害されることがないといいます。

でも、姿は見えなくても自在の神通力を持つため、常に身近に陽炎の如く人々を護ってくれます。

このため、護身の神・必勝祈願の神として、戦国時代の武士や力士、忍者などの間でも信仰を集めていたみたいですよ。

伊之助は服を着ずに上半身裸で、優れた感覚により上弦の鬼の攻撃さえ躱すことができますが、こういうところは「陽炎のように実体がないために他から害されることがない」という摩利支天のイメージに重なりそうです。

伊之助の名前からわかること 嘴平の「嘴」

それから、伊之助の苗字の「嘴」にも、ちょっとおもしろい意味がありました。

「角川 漢和中辞典」によると、右側の部分が「角毛(つのげ)、尖った先、くちばしの意の音符」で、左側の「口」を加えることで、「とくにくちばしの意の専用字」になるそう。

字義は、こんな感じになります。

1. くちばし。鳥類の口先。
2. 物のとがって突き出た所。

「猪」からイメージするなら、牙とか爪だと思うのですが、どうして、くちばしなんでしょう?

調べてみると、山にいる、くちばしを持った伝説の生き物がいましたよ。山岳信仰とも縁の深い「烏天狗」(カラステング)です。

愛宕神社のある愛宕山は、大勢の眷属を率いた太郎坊天狗が支配していました。現在では天狗といえば長い鼻を持った「鼻高天狗」(ハナタカテング)をイメージしますが、こうした容貌の天狗が現れるのは室町時代になってから。それ以前は、くちばしを持った「烏天狗」が主流でした。

牛若丸は天狗に剣術を習ったことで有名ですが、平安時代の話なので、この話に出てくる天狗も烏天狗です。「嘴」は、天狗につながる漢字といえそうですね。

さらに、博物学者の南方熊楠さんによると、烏天狗は仏法を守護する迦楼羅天(カルラテン)につながると考えられるようです。

「鬼滅の刃」の物語上では、伊之助に烏天狗や迦楼羅天をイメージするような表現はあまり出てきませんが、第7巻 57話末で紹介されている「伊之助の理想の姿」は、「火を吹いて、身長は三メートルくらい」なんですよね。

迦楼羅天の特徴は、金色の翼で須弥山世界の四天を翔り、龍(毒蛇)をとって食し、頭には如意珠(にょいじゅ)があり、常に口から火焔を吐くそうで、その大きさは三百余里にもなります。

ツノと身長が微妙に違うけど、火焔を吐いたりするところは重なっていそうかな(汗)

それから「龍(毒蛇)をとって食す」ということで、迦楼羅天は蛇を踏みつけた姿で表現されることがあります。

伊之助も、善逸を踏んづけてたり(第3巻の本体・表紙)、血が出るほど蹴りつけていたり(第4巻 26話)、思いっきり頭突きを食らわせていたり(第8巻 66話)、炭治郎に対するものより何割か増しで手荒なのは、善逸が龍蛇と重なる要素を持つせいなのかもしれませんね。

この他、炭治郎のイメージと重なる愛宕神社の将軍地蔵の脇侍と伊之助のイメージが重なるところがあるのですが、長くなるので別記事にまとめてみます。

よかったら、こちらの記事も覗いてみてくださいね。

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