鱗滝さんの厄除のお面は、なぜキツネなの?

キツネのイメージ

Tanjiro wears a hand-carved fox mask when he goes to Fujikasane Mountain.
炭治郎は藤襲山へ行く時、手彫りの狐面をかぶっていました。

The fox is a messenger of the Inari Okami, and the Inari Okami’s blessings range from a good harvest to the improvement of martial arts.
狐は稲荷の使者で、稲荷大神のご利益は、五穀豊穣から武芸上達まで多岐に渡ります。

(この記事は、第1巻、第1巻、第6巻、第15巻、第21巻、アニメ第一期のネタバレを含みます)
 

炭治郎が最終選別に臨む際に、鱗滝さんから「厄除の面」として狐のお面が渡されました。公式ファンブックによると、「鱗滝さんはキツネ好き」という理由みたいですが(笑)

実際のところ、キツネのお面には、どんないわれがあるんでしょう?

そもそも、厄除の面って何?

厄除面
 

お寺や神社で授与されるもので、「厄除面」(やくじょめん)や「厄除け面」(やくよけめん)というものがあります。

例えば、埼玉県川口市の氷上神社では、主祭神の素盞嗚命(スサノオノミコト)にあやかった厄除面があります。

そして、京都府京都市にある広隆寺の牛祭では、希望者に授与される摩多羅神(またらじん)のお面というものがあるみたいですよ。

キツネに関連するものでは、大阪府和泉市の葛葉稲荷神社に、厄難消除(やくなんしょうじょ)という狐面のついた絵馬があるようです。

でも、こうしたお面は玄関や部屋に掛けて飾るものなので、顔に被る鱗滝さんのお面とは少し違うみたいです。

 

摩多羅神
最澄や円仁が唐から帰朝したときに、海上の守護神として身を守ってくれた神様。和様の狩衣をきた神が笹の葉と茗荷をもって舞っている姿として表されているそう。

(参考)「神紋総覧」丹羽基二著

 

顔に被るものでは、張り子のキツネ面がありますよね。地域によっては火難除けや厄除けの意味に使う所もあるようです。

「日本の郷土玩具」によると、鳥取県の倉吉市では、盆や正月に帰省する際に、キツネやオオカミのお面を子どものお土産にしていたそうです。

 
参考 「日本の郷土玩具」木下亀城・篠原邦彦共著
 

張り子面というのは何枚も紙を張り合わせて作るお面のことで、木彫りでできている鱗滝さんのお面とは少し違いますが、だいぶイメージが近づいてきました(笑)

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キツネの背景にあるもの

お稲荷さん
 

キツネは、お稲荷さんこと稲荷大神のお使い(眷属)だというのは有名ですよね。

明治の廃仏毀釈で、お稲荷さんは神道系と仏教系に区別されるようになりましたが、もともとはそんなにはっきりした区別はありませんでした。

というか、長い歴史の中で、様々な神様と習合していった背景があります。神仏習合(しんぶつしゅうごう)とも神仏混合(しんぶつこんごう)とも呼ばれる考え方です。

お稲荷さんの場合、キツネを軸にして神仏習合が進んでいったみたいですよ。

 

習合(しゅうごう)

いくつかの教義や主張を一つにまとめること。習合思想は本地垂迹思想(ほんじすいじゃくしそう)ともいいます。

「法華経」では、仏は無限の命を持ち、人々を導くために姿を変えて現れるといい、その一つがお釈迦様であると解説されているので、「じゃあ、日本の神様も入るじゃん」てことで、「本地仏が日本古来の神の姿を借りて現れる」という本地垂迹という考え方が生まれました。

 

お稲荷さんは複雑な背景を持つ神様ですが、江戸時代になってもずっと変わらず残っていたのは、稲の神様としての役割です。

神道の原形となる「山の神」と「田の神」の信仰で、春になると山の神は山から里へ降りてきて、田の神となって稲の生育を守護し、収穫を終えて秋になると、山へ帰って山の神となります。

 
山の神のサイクル
 

キツネも同じ時期に山から里にやってきて、稲を荒らすネズミを退治して、秋になると山へ帰っていくという生活サイクルがあるので、山の神、田の神の眷属として扱われています。また、狐の黄色い毛並みは陰陽五行思想では「土」を表すため、穀物神と結びついたという考え方もあるみたいです。

 
陰陽五行 方位
 

また、稲荷大神は五穀豊穣を司る宇迦之御魂大神(ウカノミタマノオオカミ)とも習合しています。稲荷大神は渡来系の秦氏の氏神様だったという一面を持ち、朝廷とも古くから縁を持っていたことが影響しているのかもしれませんね。

さらに平安時代になると、密教との関係も深まってインド伝来の荼枳尼天(ダキニテン)の垂迹(すいじゃく)と考えられるようになります。

 

垂迹(すいじゃく)
仏や菩薩が衆生を仏道で救うため、借りに日本の神々の姿となって現れるという考え方

 

インドのダーキニーはジャッカルに乗っているのですが、伝来した中国や日本にはジャッカルがいないので、キツネに乗った姿で描かれていたことも、習合していくときに影響したと考えられています。

でも、稲荷大神と荼枳尼天が関連付けられるようになってから、キツネの存在に変化が出てきます。稲荷大神の御祭神と混同されるようになるのです。

荼枳尼天は別名を白晨狐菩薩(びゃくしんこぼさつ)といって、キツネの精とされていたことが笠間稲荷神社のサイトで指摘されています。

 
参考 稲荷神社とおキツネさん | 笠間稲荷神社
 

さらに修験道では、荼枳尼天との関係で火防の神(ひぶせのかみ)・軍神(いくさがみ)としても信奉されていた飯縄権現(飯綱三郎天狗)と関わりを持って見られるようになります。

飯縄権現は不動明王の化身とされる烏天狗のような姿をしていて、白狐に乗る姿で描かれています。上杉謙信や武田信玄といった、戦国武将の信仰を集めていたことでも有名な神様ですよね。

こうした関係で、武術とお稲荷さんの関係は深くなっていきます。

 

 

武芸上達のご利益がある稲荷神。そう考えると、鱗滝さんのキツネ面は、稲荷の神使であるキツネと重なってきそうです。

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鱗滝さんとキツネの関係

平等院周辺
 

別記事で考察していますが、平等院がある宇治周辺には、炭治郎や禰豆子のイメージに重なるお寺や神社がありました。

この中にある興聖寺は、炭治郎のイメージが重なります。詳細はこちらの記事を覗いてみてくださいね。

 

 

このお寺の歴史を振り返ると、ちょっと興味深いものがあります。

道元禅師は、南宋から帰国して最初に「興聖寺」を開創しました。現在は宇治にありますが、開創当時は深草でした。

土地勘がないと「深草」と言われてもピンときませんが、京都市伏見区の北側と聞けば… そう、赤い鳥居で有名な伏見稲荷大社がある、あの近辺です。

伏見稲荷大社の主祭神は稲荷大神(稲荷大明神)ですよね。これは一柱の神様を表す名前ではなく、以下の五柱の神様の総称となっています。

 

・宇迦之御魂大神(ウカノミタマノオオカミ)
・佐田彦大神(サタヒコノオオカミ)
・大宮能売大神(オオミヤノメノオオカミ)
・田中大神(タナカノオオカミ)
・四大神(シノオオカミ)

 

この中で注目なのが、佐田彦大神(サタヒコノオオカミ)です。

猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)を祀る椿大神社(つばきおおかみやしろ)のサイトによると、佐田彦大神は猿田彦大神の別名になるのだそう。

猿田彦大神というのは「日本書紀」に出てくる天孫降臨の場面で、天之八衢(あまのやちまた)に現れた国津神です。

 
参考 伏見稲荷大社
参考 由緒 | 椿大神社
 

天之八衢
「衢」は道股(ちまた)の意味で、道の分かれる所とか、辻を意味します。

「衢の神」で、村などの境目で外から侵入してくるものを防ぐ塞の神(さえのかみ)、つまり境界の神のことをいいます。

「八」は数や量が多いこと。幾重にも重なっていること。

天之八衢は、天津神のいる高天原(たかまがはら)から、人間や国津神が住む葦原中国(あしはらのなかつくに)へ降りる途中にある、八方に通じる分かれ道とか、分かれ道がいくつも集まっている所と考えられています。

国津神
高天原にいる天津神に対して、地上にいる神々をいいます。

 

猿田彦大神と重なる天狗の姿

猿田彦大神の容貌は変わっていて、「日本書紀」にはこんなふうに描かれています。

 

・鼻の長さが七咫(ななあた)
・背の高さが七尺余りあるいは七尋(ななひろ)
・口のわきが光り輝いている
・眼は八咫鏡のように赫々と輝いて赤いほおずきのよう
咫 … 親指と中指を広げた長さ。約18cm
尺 … 約30.3cm
尋 … 日本では六尺、古代中国では八尺

 

現在のサイズ感でいうと、鼻の長さは約126cm、ほぼ七尋(8尺)という背丈は約242cmになります。

アジアゾウの鼻の長さは150~200cmくらい、体高は2.4~2.7mくらいなので、ちょうど小さめのアジアゾウが1頭、そこにいたという感じになるのでしょうか。

ともあれ、長い鼻と赫々と輝く眼が相まって、この姿は天狗の原形になったとする説もあります。鱗滝さんが付けている天狗のお面は、この猿田彦大神につながりそうですよね。

しかも猿田彦大神が天之八衢に現れたのは、高天原から降臨してくる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を先導するために迎えに来ていたといいます。

鱗滝さんも狭霧山に向かっていた炭治郎を、途中まで迎えに来てくれていました。(第1巻 第2話)

また、猿田彦大神の御神徳は、天孫降臨の露払いを務めたことから、旅行や開拓の守護神として、また物事をよい方向へと導いてくれる「みちひらき」の神として、信仰を集めています。

禰豆子の命乞いをするしかなかった炭治郎に、修業をつけて鬼殺の剣士に育ててくれた、鱗滝さんにぴったりです。

つまり伏見稲荷大社は、炭治郎のイメージが重なる興聖寺とかつてはご近所同士で、その御神徳や伝説は炭治郎と鱗滝さんに重なるところがあるというわけです。

そんな鱗滝さんがキツネを好きなのも、伏見稲荷大社の神使はキツネですから当然といえますよね。

さらには、伏見稲荷大社のそばを流れる鴨川には、「水鶏橋」(くいなばし)という名前の橋が架けられているところも興味深いですよ。

最終選別には案内役として、産屋敷家の子どもが二人ついていました。(第1巻 6話)

お館様が当主の産屋敷家では、子どもたちは見た目もそっくりな五つ子で、その内の一人が「くいな」なので、橋の名前と一致します。

キツネ面は鱗滝さんのことを詳しく知るための手掛かりになっていそうです。

 
参考 京都市営地下鉄の駅名「くいな橋」について知りたい。 | レファレンス協同データベース
 

鱗滝さんの狐面については、物語のヒントになっているところがいくつかあるようです。よかったらこちらも覗いてみてくださいね。

 

 

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