月の神の誕生日と関係あり?「鬼滅の刃」青い彼岸花の考察

青い彼岸花イメージ

During the flowering time of red spider lily, there was an old custom associated with the moon in the cultural areas of China and Taiwan.
彼岸花の咲く時期には、中国や台湾の文化圏では月と関係のある古い風習がありました。

(この記事は、5巻、8巻、15巻、20巻、21巻、22巻、ファンブック第2弾のネタバレを含みます)

ファンブック第2弾で明かされた青い彼岸花の秘密が、SNSでも話題になっていますね。

月を軸にして見る人が見当たらなかったので、こういう見方もありますよということで、まとめてみようと思います。

当ブログは、炭治郎や禰豆子が重要な場面になるたびに月に痣のような模様が描かれていることから、鬼滅の刃と月の関係に大注目しているんですけど、よかったらこちらの記事も参考にしてみてくださいね。

日本の神様には、太陽も月もどっちも関係あり!と解釈できる「赫夜姫」伝説もあるので、こちらも参考にしてみてくださいね。

ファンブックで明かされた青い彼岸花の謎

青い彼岸花は、鬼舞辻無惨を鬼に変えた薬に使われていた花で、無惨様はさらに太陽をも克服するために数百年を掛けて探し回っているという、物語上でも重要な鍵となる植物です(第8巻 67話、第15巻 127話)

炭治郎たちの家は、元々は縁壱と”うた”さんが暮らしていた家で、うたさんが鬼に殺されて縁壱が鬼狩りになった後、あばら屋になっているのを竈門家の人たちが見つけて住み始めたことが第22巻 189話末尾の戦国コソコソ話で明らかにされていました。

最終決戦で重傷を負った炭治郎が、祖先の記憶を見た際に、「自分の家に似ているけど少し違う」と感じているシーンがありましたが(第21巻 186話)、間違いなくそこは同じ場所で、近くには”うた”さんが埋葬された場所があり、そこで青い彼岸花が咲いているのを炭治郎とお母さんの葵枝さんが見ているというのです。

第5巻 39話の下弦の伍「累」との戦で、炭治郎が走馬灯を見た際に、景色の中に彼岸花に似た花が描かれていることがネットでも指摘されていましたが、ファンブックによると、それは正しくお母さんと見た青い彼岸花の記憶なのだそう(ファンブック第2弾 130頁)

でも、それで管理人も納得です。

うたさんが鬼に殺された夜、描かれている月には痣のような模様があったのですが(第21巻 186話)、この月は炭治郎や禰豆子が変化するたびに描かれることが多いので、この場面では何を意味しているのかよくわからなかったんですよね。

同じような謎の場面は、累の過去や(第5巻 43話)、黒死牟の過去にも月の表現が出てきます。(第20巻 174話、178話)

うたさんは縁壱との子どもを身籠もっていて、出産間近だったところを鬼に殺されているわけで、うたさんが埋葬された場所には縁壱の子どもも眠っています。

月の描かれ方から、もしかするとその子は縁壱と同じ痣者だったり、赫勺の子だったりしたのかもしれません。

そして、そうした月と関わりの深い者が土にかえると、そこに青い彼岸花が咲くようになるのかも。

では、彼岸花にも月と縁のある話があったりするのでしょうか?

中秋の名月に見る、彼岸花と月の関係

「TAIWAN TODAY」によると、台湾では「中秋」は月の神の誕生日とされているそうで、かつての中国の皇帝たちは、中秋の日になると月を祀ったり、拝んだりする儀式を行っていたとのこと。

台湾でも、中秋と秋分のどちらが先にくるかで翌年の収穫を予測したりしていたようです。

月を重視する文化では、「中秋」は重要な日となるようですね。

参考 中秋と秋分の順序が翌年の収穫の出来を決める? | TAIWAN TODAY

中秋は秋の真ん中を意味する言葉で、陰暦の8月15日のこと。この夜に出る月は日本でも「中秋の名月」と呼んで、農業の行事とも関係が深く、重視されています。

そして秋分といえば、日本には秋のお彼岸があります。秋分を中日として、その前後各3日を合わせた7日間がそうですね。この時期に合わせるように花を咲かせるのが彼岸花です。

段々、月が影響する匂いがしてきました(笑)

ただ、「お月見」の印象で満月をイメージしてしまいますが、望(満月)は太陽と月の位置関係で決まるので、中秋の夜に満月が見えているとは限りません。しかも、朔(新月)から望(満月)になる日数(月齢)も、13.9日~15.6日と変化します。

どんな感じになるのか、試しに1991年~2030年の太陽暦で、名月と望(満月)、秋分の日の関係を表にしてみました。

名月 望(満月)標準時:UT+9h 秋分
1991年 09月22日 09月24日07時40分 09月23日
1992年 09月11日 09月12日11時17分 09月23日
1993年 09月30日 10月01日03時54分 09月23日
1994年 09月20日 09月20日05時00分 09月23日
1995年 09月09日 09月09日12時37分 09月23日
1996年 09月27日 09月27日11時51分 09月23日
1997年 09月16日 09月17日03時51分 09月23日
1998年 10月05日 10月06日05時12分 09月23日
1999年 09月24日 09月25日19時51分 09月23日
2000年 09月12日 09月14日04時37分 09月23日
2001年 10月01日 10月02日22時49分 09月23日
2002年 09月21日 09月21日22時59分 09月23日
2003年 09月11日 09月11日01時36分 09月23日
2004年 09月28日 09月28日22時09分 09月23日
2005年 09月18日 09月18日11時01分 09月23日
2006年 10月06日 10月07日12時13分 09月23日
2007年 09月25日 09月27日04時45分 09月23日
2008年 09月14日 09月15日18時13分 09月23日
2009年 10月03日 10月04日15時10分 09月23日
2010年 09月22日 09月23日18時17分 09月23日
2011年 09月12日 09月12日18時27分 09月23日
2012年 09月30日 09月30日12時19分 09月23日
2013年 09月19日 09月19日20時13分 09月23日
2014年 09月08日 09月09日10時38分 09月23日
2015年 09月27日 09月28日11時51分 09月23日
2016年 09月15日 09月17日04時05分 09月22日
2017年 10月04日 10月06日03時40分 09月23日
2018年 09月24日 09月25日11時52分 09月23日
2019年 09月13日 09月14日13時33分 09月23日
2020年 10月01日 10月02日06時05分 09月22日
2021年 09月21日 09月21日08時55分 09月23日
2022年 09月10日 09月10日18時59分 09月23日
2023年 09月29日 09月29日18時58分 09月23日
2024年 09月17日 09月18日11時34分 09月22日
2025年 10月06日 10月07日12時48分 09月23日
2026年 09月25日 09月27日01時49分 09月23日
2027年 09月15日 09月16日08時03分 09月23日
2028年 10月03日 10月04日01時25分 09月23日
2029年 09月22日 09月23日01時29分 09月23日
2030年 09月12日 09月12日06時18分 09月23日

こうしてみると、名月・望ともにお彼岸のシーズンに入ってくるタイミングはゼロではないけれど、そう頻繁に発生することではないみたいですね。しかも不規則です。

ファンブックによると、青い彼岸花は毎年は咲かず、時間も昼間のほんの数分から数十分しか咲かないということなので、こうした中秋と秋分の影響があってもおかしくないかも… なんてことを、感じさせます。

ところで、青い彼岸花は実際にあるの?

Akaza was looking for valuable information on blue spider lilies.
猗窩座は青い彼岸花の有益な情報を求めていました。

はい、あります。

え、いや、何百年も青い彼岸花を探し回っている無惨様や、見つけられないといって怒られてた猗窩座には気の毒な話なのですが、実際にあることはあるのです。

分類上、彼岸花(学名:Lycoris radiata)はヒガンバナ科ヒガンバナ属ですが、その仲間にリコリス属というものがあって、ヨーロッパでは庭植えの花として人気で品種改良が進んでるんですね。花色も多様で、赤、白、黄、オレンジ、ピンク、青、紫、複色など様々あります。

日本の彼岸花のシーズンはお彼岸の数日というのが定番ですが、リコリス属は早咲きや遅咲きもあって、花によって7~10月中旬まで楽しめるところが魅力。最近は日本でも人気が出てきているみたいですよ。

というわけで、リコリス属の青い彼岸花は、「リコリス・スプレンゲリー」(学名:Lycoris sprengeri)、別名「ムラサキキツネノカミソリ」といって存在するのです。こんな感じ。ちなみに早咲きの品種なので、開花時期は8月です。

リコリス・スプレンゲリーのイメージ

そう、彼岸花の仲間は仲間なんですが、姿形は彼岸花のイメージからは掛け離れています(汗)

もしも猗窩座が「青い彼岸花を見つけました!」と言ってこれを持って行ったら、多分、無惨様に引っ叩かれると思います。見つけなくてよかったですね。

でも、リコリス属でこれだけ多種多様な改良が可能なので、無惨様に処方された青い彼岸花も、どこかに存在していることでしょう。きっと。

ファンブックでは、伊之助の子孫が研究途中で枯らしてしまい、種子も育たなかったので絶滅したと見られるそうですが…(ファンブック第2弾 137頁)

ちなみに、日本にある彼岸花は三倍体の植物なので、種子から増やすのは難しいみたいです。興味深いことに、中国から渡ってきた1株の球根から広まったため、遺伝子的には同一なんだそうですよ。

その理由は、こんな感じ。

減数分裂のイメージ

通常、植物は動物と同じように、母方由来と父方由来の染色体セットを2種類持っています。専門的な言葉では「二倍体」といいます。

種子で増えていく植物は、母方、父方それぞれで2セットの染色体が増えて、それを2等分(減数分裂)したものが交配するので、子どもも親と同じ2セットの染色体を持っています。

でも、中には2等分されないで、4セットの染色体を持つ「四倍体」が生まれてくることがあります。

これは通常「二倍体→一倍体」に減数分裂するところを「四倍体→二倍体」となりますが、種子などはきちんと作ることができます。

困るのは、二倍体の植物と四倍体の植物が交配してしまったときで、二倍体からできる染色体「一倍体」と、四倍体からできる染色体「二倍体」が融合することになるので、子どもは「三倍体」になってしまうのです。

「三倍体」であっても植物種としては同一だし、通常の細胞分裂には支障がないので、大きくなって花を咲かせることもできるのですが、正常な減数分裂ができないので、正常な種子を作ることができません。

彼岸花の実を使って栽培することにチャレンジしている人もいますが、葉が出てくるのは10%~30%と、なかなか大変なようです。

参考 楠田純一の【理科の部屋】

なので、三倍体の彼岸花を増やすときは、球根を使って増やしていくというわけですね。この場合、どこまで増えても親系統が同一の植物ということになります。

でも、これはまるで、鬼を増やすことができるのは無惨様のみ、という鬼滅の鬼のイメージとよく似てますよね。

無惨様と配下の鬼たちは、三倍体の彼岸花の化身といえるような存在なのかもしれません。

関東出身の医者の謎と無惨様の謎

ファンブック第2弾で明かされた、もう一つの秘密。それは青い彼岸花を無惨様の薬に使った医者は、住んでいた場所が今の東京にあたるということです。(ファンブック第2弾 137頁)

平安時代の関東地方というと、「更級日記」では「あづま路の道のはてよりも、なほ奥つ方」と田舎であることが強調して表現されていたり、徳川家康が関東に入国した際には、天下覇権の思いを一時断念するほど経済の基盤が整っていなかったというのが定説になっていたり、とにかく「田舎」とされてきました。

無惨様が人間だったころは、やっぱり変わりなくド田舎だったはずで、そんな場所に住んでいるお医者さんが、恐らく京の都に住んでいたであろう無惨様の治療に関わっているなんて、ちょっと変ですよね。

と思っていたら、最近は関東のイメージもすっかり変わっているみたいです。

8世紀の霞ヶ浦
出典:8世紀の霞ヶ浦一帯 | 関東地方整備局ホームページ

霧ケ浦河川事務所のホームページに8世紀の霞ヶ浦が紹介されているのですが、今の利根川下流には外海(太平洋)につながる内海(香澄流海)があり、今の霞ヶ浦の2~3倍の面積があったと考えられているそうです。

内海に流れ込む河川も多かったので、この地域は水運が発達していたみたいですよ。

参考 霞ヶ浦の紹介 | 霞ヶ浦河川事務所

船なら運べる人も荷物も陸路よりずっと多いでしょうし、船の大きさによっては海外へ出ていくこともできるので、陸路が整備されていないからといって未開であるとは限らないわけですね。

実際、東海、甲信、関東地方は東国文化の中心として栄えていて、古墳の内装も九州の古墳と共通するデザインがあったり、渡来人との交流が伺える副葬品が出土したりしています。

彼岸花の原産地は中国なので、このお医者さんも海外から渡来してきた最新情報を握っていた可能性は十分にあるようです。

そういえば、炭治郎の家の周囲に”うた”さんのお墓があったということは、縁壱や厳勝も関東武士なのかも。第20巻 174話で縁壱と厳勝が最後に相見えた際、七重の塔が描かれていたので京都のどこかだと思ってましたよ。武蔵や相模の国分寺だとしたら、二人が対決した地も関東ということになります。無惨様はかなり早い段階で、東京入りしていたんですね。

というか、これまで「平安時代=京都」と思っていましたが、無惨様が人間の頃に住んでいたのは、ほんとに京都だったのでしょうか? 東国文化圏のどこかという可能性もあったりして(汗)

累や黒死牟の過去に描かれている謎の月の描写もあるし、この辺は初代担当者さんが見たら全力で止めていたカットシーンがあるかもしれず(ファンブック第2弾 231頁)

今後のスピンオフ作品やファンブック続編の登場で、この辺の謎も解明されることを期待しています(笑)

と、思ったんですけど、愛宕神社のことを考えると、意外と素直に京都でいいのかもしれません。「ヒノカミ」をキーワードに考察してみた記事も覗いてみてくださいね。

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